二人にとって重要な問題である


 バスを下りたのは九時をもう回る時間だったが、しかし薬局の明かりは点いていた。飲み屋の並ぶ通りから少し外れた薬局は、おそらくこの時間になっても需要があるのだろう。まだシャッターを閉める気配もない。田代が入口のマットを踏むと、店の奥で短い電子音楽が流れた。カウンターにはおばさんが一人いる。薬剤師らしく白衣を着ている。少し眠そうだ。平日の夜である。客も少ないのだろう。
 狭い店内に、更に所狭しと棚が並び薬が犇めき合っている。オロナインのチューブを手に取り、思い出すことがないではなかった。あの時立ち寄ったのは学校帰りの薬局でこの店ではなかった。しかし同じ場所にいるような奇妙な感覚だった。あの日と同じ地面を歩いているような。
 だが何もかもが違うのだ、と田代は軟膏を棚に戻して、もう少し奥の、カウンターから少し隠れた棚に歩いた。思いの外カラフルなパッケージが並んでいる。少しどぎまぎした。どぎまぎする齢ではない、と言い聞かせながらも。必要なのはこの擬似的な薄皮だけではなかった。我が身のことだと思うと顔から火が出るほど恥ずかしくなる。しかし「どうする」と困った顔をして覗き込んだ彼を思い出すと、仕方ありませんよねと返事をした自分の照れ以上に感じた満たされた感覚が蘇って溜息が出た。自嘲ではなかった。腹を括るしかないという諦めは少し交じっていたかもしれないが。
 カウンターに持って行くと、おばさんは表情を変えずレジを打ち、きっとこんな買い物もこの店では日常茶飯なのだと思い至って田代は脱力する。ともあれ紙袋に入れられたちょっとした買い物の重みはまず一つの約束であり、可能性であり、欲を互いに持つ者であるという証であった。アパートに持ち帰ったら、どこへ置こう。今度バスに乗って行く時、自分はこれをいつもの鞄に入れるのだろうか。
 ちらりと振り返る。飲み屋の看板明かりにまぎれて薬局の緑色の十字が見えた、ような。ぼんやりしている。眼鏡を外そうとして手の中の荷物に気づく。結局、ぼんやりした視界のまま帰った。
 狭い台所のステンレスの上に紙袋をぽんと置き、眼鏡を外して蛍光灯に翳した。指紋がついている。いつからだろう。服の裾で拭おうとしたが、コートさえまだ脱いでいなかった。眼鏡の位置をそのまま下ろす。本来の縮尺より遠ざかった壁にカレンダー。火曜日だ。
「次……」
 次、があるのだ。急に湧き上がった恥ずかしさに顔を覆う。眼鏡にはもうべったりと指紋がついている。