三月五日の夜


 屋根を借りるばかりだ。夜具もない。綿入れを一枚かけて横になった。囲炉裏の火が潰えぬから凍えるということもない。いいや、凍えようはずもない。血が熱い。
 陣基は夢うつつを漂う。右手はふわふわと動き出し、耳に蘇る言葉を書き連ね続ける。かの人はもう襖の向こう休んでいるはずなのに、この心に残る確かな言葉が気配となって形作られ、夜陰に染む言葉は己の筆が描き出した墨の軌跡であろうか、言葉が文字となってこの小さな庵を埋め尽くすものであろうか、夜を深うする。そこに沈む己が身体の内に一つ、火が燃えている。明々と燃える火が血を滾らせ心の臓からまるで何かの噴き出しそうな。鼓動は語られた言葉と聞こえ、語られた言葉は血となり巡る。眠れぬ、と思いながら沈みゆく身体はこれまでにない深く充実した安息の底へ陣基を誘った。




2014.3〜4月