筆谷のプロポーズ
筆谷は手を伸ばして女の髪を結い上げる簪を抜き取った。黒い髪が雪崩れ落ちて首筋を隠す。 「いいと言ったね」 「いいました」 「ぼくは君と結婚するよ」 「ええ」 髪に指を通そうとすると、女はすいと首を逸らして逃げる。 「温先生がプロポーズをしてくれないんだったら、私はこの教室も捨てて東京にでも行こうと思ってたの」 「ひどいや」 筆谷は笑う。 「ぼくを捨てていくなんて」 「ね。だからプロポースにオーケーしたでしょう、私」 これからここに一緒に住むの、と澄子は秘め事のように囁く。住むよ、と筆谷も囁き返す。 |