期酔先生と弟子


「これをこのままにしてはならないと思います。私がお助けします。先生はどうかこれを形にしてください」
「出版しろと言うのかい」
「考えたことはないのですか」
「これは…」
 田代の掌は古びたノートの表紙を撫でた。
「そのような…そのための言葉ではない」
 僕が後学の為に書き留めたにすぎない。呟く田代の声は小さいが、重く、言葉は確かだった。
「僕はこれを火中に投じようと思っていた」
「火中…?」
「燃やしてしまわねば、と。だから君もこれを覚えてしまったら、書き写したものも全て火にくべてください」
 若い面差しに歪みが走る。柔らかな心は痛みを感じていた。今まさに炎が内側を焼いたのだ。
「そんなことはできません。先生もそうでしょう」
 痛みに押し出されるまま若者は心を剥き出しにした。しかし田代は黙ってその手からノートを取り返した。