先生がいない


 不在が急に胸を抉った。痛みが引き起こした覚醒は、もう眠りの尾の端さえ捉えることはできなかった。
 独りだ。
 独りと独りだった。だが二人だった。田代は眠り方を忘れた。どのように目蓋を閉じて呼吸を整え忘我の沼に沈むのか、その方法が肉体から全て失われてしまったかと思えた。
 雨がたどたどしく屋根を叩く。畳の匂いが重く湿る。夜が。目を細め、耳を澄ました。暗闇の奥で夜が鳴いている。軋みのような音を聞いた。
 夢だと気づいたのは閉じた目蓋を自覚したからだった。目蓋を開く。やはり何も見えない。山を覆う夜の闇は深い。しかし目蓋の引き攣れに、夜闇と思考するこの己を隔てるものがあると知った。膚が、冷たく流れる涙を感じていた。これが己の肉体だ。田代は闇の中で顔を覆った。魂がどこまで彷徨い出でようとしても、やはりこの肉体の中にこそ己はある。逃げられぬ檻ではない。檻とも見える肉体こそ己自身であると田代は感じたのだった。全身が軋んだ。骨が鳴く。肉が震えている。膚を冷たくなぞるのは涙だ。この身体で生きなければならない。この深い夜も、いずれ訪れる朝も、次の日も、また次の日も。
 それでも会いたいと思う。強く目を閉じる。目蓋の裏は闇である。血が通う。熱い。
 嗚咽が零れ、空っぽの部屋に響いた。すぐに静寂が押し寄せた。しんと静まり、ためらうように雨音が落ちた。先生、と掠れた声が畳を擦った。