似ていますか?
「昨日の方」 「四六野かい」 筆谷は添削の手を休め、伸びをした。そのままの体勢で田代を見下ろす。 「君たち二人が並んでいると兄弟みたいだったね」 「兄弟…?」 「気に入らないかい?」 わずかに眉を寄せたのを目敏く見留められた。 「いいえ、そうではなくて」 田代は手で眉間を隠しながら答えた。 「僕は、あんな穏やかな方には似ても似つかないと」 意外、という顔をしたのは今度は筆谷であった。 「へえ」 机に座り直し、頬杖をつく。 「君、自分のことをそんな風に思っていたのか。意外だね」 「そうですか?」 成る程、静けさと穏やかさは違うものか、と筆谷は懐から出した煙草を口にくわえる。教室の中だ。火は点けない。煙草の匂いを鼻から吸い込み、ふーっと息を吐いた。 「四六野はあれで苛烈な一面も持ち合わせたぼくの親友でね」 笑みは口元からじわじわと広がる。 「教えたいが教えてやれないこともあるんだ」 「そうですか」 「君はドライだな」 「ウェットですよ」 「梅雨は誰でもウェットになる」 「筆谷先生は本の、いつも乾いたページみたいですよ」 ふ、と眼鏡の奥で筆谷が目を見開いた。 「そうかい?」 くわえていた煙草を空っぽの灰皿に横たえる。 「やはり君は四六野と似ている。兄弟かと思ったよ」 「髪が短いのと、眼鏡のせいでしょう」 「じゃあぼくはどうだい。ぼくも眼鏡だ」 「筆谷先生と四六野さんは似ているようで似ていない気がします」 「ううん、君もか」 なかなかぼくに似た人はいないらしい、と筆谷は首を傾げる。
似てるよな
「あいつら、似てるよな」 「似てますか?」 さくらいが首を傾げ、北は眉を寄せる。 「北さん、見た目だけでものをおっしゃってるでしょう」 「見た目が似ていれば十分だろうが」 「でも陣基さんは私を川に投げたりしませんわ、きっと」 「だがお前に剣を向けるぞ」 「いいえ」 さくらいの目が光を反射せず、ただただ澄む。 「私、あの方には勝ちますもの」 でも私、きっと次があっても、四六野さんには川に投げられてしまう。さくらいはそう呟いて、髪が重たく濡れたものであるかのように触った。もう長い髪はあれきり見ないのだが。 「久しぶりにお風呂に寄りましょう、北さん」 さくらいは北の手を引いてねだる。 「準備がない」 「てぬぐいがあればいいじゃあありませんか」 百円出して買いましょうよ、と腕に抱きつく。 妻であろうとしているのか。北はそう思う。
似ている?
俺に似ている? と、四六野は軽く目を瞑り長く息を吐いた。 「そう見えるか」 「似ているような気がしていたんだけど、実際に並んでみたらそっくりだったよ」 「何をかもってそんなことを言うんだかなあ」 炒り子を抓んで口に入れる。こちらもだろう、と筆谷が酒を注ぐ。 「渓流のような人だ」 「渓流ね」 「川幅が狭いほど激しくて清い流れとなる」 「渓流か」 筆谷は頷き、酒を口にした。 |