人恋しい


「四六野」
 筆谷は腰を伸ばすと、後ろ手にとんとんと叩きながら笑った。
「人恋しくなったのかい」
「伊万里を馬鹿にするんじゃないよ」
「好きこのんで山の中に住んでるんじゃない、と?」
「そこは好きこのんだけど」
「ほら」
 笑う筆谷の隣を過ぎて四六野は教室の入口から上がり込んだ。
「お土産」
「何だい。コロッケ? 伊万里牛かい?」
「そこの肉屋で買った」
「甲斐のない。来るまでに何かあったろう。イカとか」
「思い立ってきたんだ」
「ほら」
 筆谷は、縁側から教室に上がり四六野の前に立つ。
「人恋しかったんだろう」





人肌恋しい


 コロッケを作り、飯を炊き、酒を注いだ手だ。それが山本に触れられると、自分の意志で動かす以上に、自分の魂の収まる生きた肉体であることを実感する。
「どうなさったんですか」
 食卓を越して握られる手を伏し目がちに見る。
「人肌恋しいとは」
 山本は低く呟き、掴んだ白い手の、甲を額に当てた。
「このような気持ちだろうか」
 外は雨が降り続く。じめじめとした湿気がそのまま滲む汗になったかのように、触れた額が妙に冷たいと思った。妙に哀しくなった。
「僕は今、そのような気持ちになりました」
 交わした視線の頼りないこと。いかんな、と山本が苦笑する。
「これではいかん」
 洗い物をする間、ボイラーを焚く音が聞こえた。熱い風呂に入ってさっぱりするのが一番だ。長雨の夜は物悲しい。眠るまでこの気持ちを引き摺るのは、切ない。田代はずり落ちる眼鏡を濡れた冷たい指で押し上げた。人肌恋しい。
 額に触れる。些か妖しげである。