ただならぬ仲を見抜く筆谷


越すことを伝えると、筆谷の笑いが顔一杯に広がった。
「そうか。とうとう決めたか」
「決めた」
 田代は短く答えた。筆谷は教室の書を振り返り、そうですか、とおそらくその書に向けて声をかけた。
「ただならぬ仲になりましたな」
 田代は盛大な音を立ててバケツの水を庭に捨てた。




引っ越し祝いを運ぶ禿髪の細君


「田代さんのことが羨ましいからあんなことを言うんですわ」
 北の禿髪の細君は少女のように笑う。
「北は人より欲張りな男です。自分の手の中にあると思っていた田代さんが慮外の行動を取ったのでショックを受けていますの」
 そして手にしていた一升瓶を差し出した。
「でも引っ越しのお祝いにね、これを用意したのも北ですから。お気が向いたら赦してあげてくださいな」
 下の町からてくてくと坂を上って山本の家に辿り着き、祝いの清酒を差し出してその話をすると、瓶の中に舞う金箔を眺めていた山本が突然笑い出した。
「奴め、何と言ったと」
「姦通という言葉を使いました」