中野数馬から肉をもらう
え、と田代は取り上げかけた箸を置き、鍋の向こうを見つめる。 「しめたのは中野だ」 「で、先生」 「羽をむしって分け前をいただいたという訳だな」 鍋の中でことことと音を立てる肉が生きていたこと、それはどんな肉でもまた野菜でも同じことだが、ふと神妙な心地になる。 「いただきます」 手を合わせ、箸を手に取った。 一口目に。 「あつい」 田代が目を瞑って肉を噛み締める。 「うまい」 山本の声。ふ、ふ、と笑うのに頷きながら田代は飲み込んだ。命を呑んだのだと思った。 「命を食べている」 口に出す。息も熱い。胃の腑から立ち上る熱さえ旨い。 「有り難いことだ」 山本が二口目を食べて、同じように息をつく。 「皮があって、脂があって、肉がある。口から一本の管が繋がっておる。その全部に血が通っとる。この手に触れるとな、生きるものの原初は変わりゃせんな」 「究極、僕らは同じ一つのものから生まれた訳ですから」 すると山本が俯いて笑いを堪える。 「…何かおかしなことを言いましたか」 「いいや」 咳払い。 「おかしくはない」 「笑っておられますが」 「いや…不謹慎な話と思うてくれるなよ」 羽をむしりながら、と山本は器の中の鶏を見つめた。 「命を手にしておると思うた。息は絶えていたろうが、やはり命だった。まだぬくい、それに触っておまえのことを考えた」 「…僕ですか」 「おまえのことを考え、俺自身のことも考えてみた。膚がある。脂があって肉がある。骨があって血が通う。そういう俺とおまえが不思議の縁で出会って触れ得る場所におる。今まさに鍋を挟んで命を食らっている」 「本当に…」 田代も器の中の鶏に語りかけるように言った。 「美味しい鍋です」 「おいおいそれだけか」 「それが一番の賛辞かと思います」 「俺の言葉は書き留めなんだか?」 耳が熱い。それどころではない。 「まあいい。俺も歳だ。そのうちに、またぞろ似たようなことを言い出す」 「また、鍋を」 「冬だしなあ」 「中野さんから…」 「あいつは肉屋じゃあない。次は買ってこよう。何がいい」 田代は返事をしない。言葉を聞くだけで刃が皮膚と肉の間を掠めるようで。
2014.3〜4月
|