最大の問題と

周辺で起こった諸々の出来事 2




「相談に乗ってほしいことがあるんですけど」
 とトゥーシーが電話をしてきた時、オレは正直それどころじゃなかった。前の晩、全裸で家の中を走り回りモールさんを探して彷徨っていたのだ。
 いきなり話が飛ぶ。
 っていうかどこから話したらいいのかよく分からない。
 目をつぶれば瞼の裏には出会いの瞬間から上映される。オレの町に盲人さんが住んでるのは知っていた。白い杖をついて歩く姿はよく見かけた。クリスマスの夜、道端でサックスを弾いてるのも見たことがある。本当は芸術家だって話で絵の個展も開いていた。ポスターは真っ黒に塗りつぶした絵でオレにはよく分からなかった。でもオレの人生には関わらない人なんだろうなと思ってた。同じ障害者同士だけど、モールさんは目が見えないし、オレには手がない。入ってる障害者連盟も別だから、あの人も大変なんだろうな、そのくらいに思っていた。
 でもあの日、現場の側の坂道でモールさんが屋台のホットドッグを売ってた日、芸術家がどうしてホットドッグ屋台なんかやってるのかよく分からないんだけど、オレはその偶然に、死んだと思った神を復活させて心底感謝した。モールさんに出会わせてくれてありがとう。
 すごく顔の綺麗な人だった。
 オレはびっくりして注文もまともに言えなかった。モールさんは注文を間違えてケチャップの代わりにマスタードの死ぬほどかかったホットドッグを出してくれたけどオレの目が涙でいっぱいだったのは感動してたからだ。オレはモールさんに恋をした。
 ホットドッグ屋台に通い詰めて、モールさんが屋台をやめても、サックス吹いてるところに聴きに行ったり、絵のことはよく分からないけど個展を見に行ったり。片思いから友達になって、友達から恋人になって、一緒に住むようになって。トムクル主演の映画だって描ききれないようなことがいっぱいあって、オレたちはとうとう幸せな生活を掴んだと思ったのに。
 あのバスルーム。壁も床もまだしっとり濡れていた。シャンプーの匂いがした。モールさんが一緒に住むようになってモールさんが買ってきたシャンプー。オレはシャワーを浴びてモールさんと同じシャンプーを使い、折角だからモールさんに髪を洗ってほしくてモールさんを呼んだ。でも返事がなかった。オレはあんまり泡立ってないシャンプーがダラダラ首や背中に流れてくるのに妙な焦りを感じてバスルームのドアを開けてモールさんを呼んだ。
 どうしてだろう。真っ暗な家に帰るのは当たり前だったんだ。ずっとだ。モールさんと暮らす前、家に待ってくれている人はいなかった。モールさんと暮らすようになってもモールさんは明かりが必要ないからやっぱり真っ暗なままだった。いっぺん、リビングのスタンドタイプのランプな、あれ、電球が切れたことがあって、モールさんは目は見えないけど頬に当たる光の温度は感じてたみたいでおかしいですねって言って、オレはチカチカしてるんスよ、電気切れけてるんスって言ったら、次の日オレが仕事から帰った時、癖で特に考えずにランプのスイッチ入れるだろ、爆発したんだよな林檎が。モールさんがよかれと思ってオレのかわりに電球替えてくれてたの。オレ正直そのことが嬉しかったから今でもランプの電球は替えてないし、笠には林檎の染みが残ってる。
 素っ裸のオレはランプの横を通り過ぎてソファの下を覗き込んでゴミ箱に頭を突っ込んでモールさんを探したけどモールさんはどこにもいなかった。留守電に気づいたのは夜も遅くだった。電話がモールさんの声で喋り出した。
 ――私、今日から仕事でタンジールに行きます。
「タンジールってどこ!」
 思わず電話に向かって叫んだら、モロッコですよ、ってモールさんの声が言うから本当は電話が繋がってるのかと思って短い腕でがしゃがしゃ電話を揺さぶってうっかりボタンを押しメッセージを消しそうになる。本気で背筋が凍った。漏らすかと思ったし、実際ちょっと涙が出た。
 もう一度最初から聞いてみる。やっぱる留守電だった。
 ――タンジールといってもオレンジは特産じゃありませんよ。
「すいません、気の利いたこと分かんないっス!」
 ――今回の仕事は長くなりそうです。一ヶ月くらい留守にするかもしれません。
「嘘!」
 ――嘘じゃありません。
「マジすか!」
 ――マジです。
 モールさんどれだけオレの反応読んでんの。
 ――お仕事の内容がちょっと難しくて、ハンディさんに言ったら止めるか自分もついてくるって言いそうで黙ってました。ごめんなさい。
 留守電の最後は、浮気しないでください、愛してますよ、キスを、っていう甘い声で最後に、チュッ!という音。オレは正直そこで勃っちゃって凄く情けない格好で泣いた。
 一ヶ月モールさんがいないとか。死ぬ。多分死ぬ。
 絶対死ぬに決まってるってリビングの床に全裸でしゃがみこんで呆然としてたら夜が明けて、仕事の電話は入るし、オレは行かなきゃいけないし、ろくに頭回ってない状態でピックアップを運転したりハンダ付けをしたり電気回路を弄ったりしたのに何で死ななかったんだろう。死んでタンジールに行きたい、っていうか先に言ってくれれば絶対についていったのに、あ、だからモールさんはオレには言わなかったんだ、っていうかその仕事って何、オレに言えないことって何。モールさんが遠い。括弧書きで物理。括弧書きで心。
 ンな訳あるかオレとモールさんはラブラブ新婚さんだったはずなんだ!とハンドルにガンガン頭をぶつけるけどメットを被ってるから全然いたくない。そこにかかってきたのがトゥーシーの電話だった。
 トゥーシーはオレの後輩で、親戚を辿ったら同じ先祖がいるらしいから、子供の頃から面倒見てやんなさいと母親に言われてそれなりに先輩後輩の仲を続けてきたけど、実はそんなに親しくない。堅実に高校卒業して、今は病院の事務をしている。向こうから連絡してくるなんて珍しい。オレは手がこうだから、スリーコールで自動的に通話が繋がるように設定してる。それが今日はウザかった。
「ハンディ先輩?」
 オレが返事をしないから怪しんだのかトゥーシーの声が低くなる。
「ンだよ、オレそれどころじゃねーんだけど」
「先輩、電話遠いですけど」
「いーから何の用だよ」
「今夜ちょっと会えませんか」
「はぁ?」
 相談したいことがあるとトゥーシーは言った。どうしてそれに乗ったのか分からない。断るのが面倒だった。断ってもトゥーシーは多分粘ったはずだ。それを突っぱねるのが正直めんどかった。オレに力は残されてなかった。もう死ぬし。
 学生の頃よく通った店でトゥーシーは待ってて、飯奢るって言ったけどオレは何を食う気もしないしトゥーシーも食わない。ビールがドン! ドン! と目の前に置かれて、それを葬式帰りみたいな沈痛な顔でオレもトゥーシーも見つめていた。
「何だよ」
「その…うちの上司のことなんですけど」
 ランピーの頭がおかしいのは昔からだ。昔神父をしてたって時も相当おかしかったって言うし、今もあのいい加減な男が精神科医をしてるなんて狂ってると思う。これはオレ個人の意見じゃなくて町の住民の総意だし、トゥーシーもそれは分かってるはずだ。今更何言い出すんだ、こいつ。
「今、俺、あの人と住んでるじゃないですか」
 のろけか。
 帰ろうとしたオレのオーバーオールをトゥーシーは掴んだ。
「あの…!」
 振り返るとパッと手を離す。そう言えばトゥーシーがこんな近い距離に他人を引っ張ろうとしたのは珍しい。多分、ガキもガキの時くらいじゃなかったか。トゥーシーがオレんちの近くのトレーラーハウスに引っ越して来た時、あん時くらいだった。学校に通ってちょっとずつ背が高くなり――つっても結構小柄――トゥーシーは人に触らなくなったし、人から触られるのも嫌がるようになった。そんで服を山ほど買うようになった。あの頃、トレーラーハウスも出て、既に自分の家がなかったのに。ああだからカドルスと仲良かったんだよな。カドルスんちは古いけどそこそこ広いしクローゼットも余ってる。トゥーシーはそこに服を全部預けてたんだ。
 なんか過去回想を長々したみたいだけどそれは一瞬で、トゥーシーも自分がしたことにビックリして手を離す。オレは一応椅子に座る。
「その…俺…あの人の家、出て行こうと思って…」
「は、バカじゃねーの」
 トゥーシーが昔から欲しがってたものをオレは知ってる。普通の生活と一戸建て。今両方持ってんのにこいつ何言ってんの? バカなの? バカなんだろうなと思う。こちとらモールさんがいなくなって死ぬ寸前だってのに、わざわざ恋人の家から逃げ出すとか意味が分かんねえ。
 その後もトゥーシーはぼそぼそ何か言ってたけどこっちは寝てない上に一晩全裸でしかも濡れてたのがいけなかったのか風邪を引きかけてたらしくストローで飲むビールでもあっという間に酔いが回りほとんど聞いてなかった。
「別れたきゃ別れろようぜえな」
 オレの投げ遣りな言葉にもトゥーシーは真面目にそうですねと頷いた。後の記憶は曖昧だ。トゥーシーが家まで送ってくれたらしい。真っ暗な玄関からモールさんの名前を呼ぶのが聞こえた。返事はない。静寂しかない家の玄関でオレは泣き出した。記憶があるのは引き摺られるようにソファまでつれていかれたとこまでだ。翌朝オレは本格的な熱を出し、ひたすらコーラを飲んでは吐くのを繰り返す。夕方にまたトゥーシーが来た。病院に連れて行こうとしたので泣きながらここでモールさんとの思い出を抱いて死ぬ!と叫んだ。
「幸せですね」
 トゥーシーがぽつりと呟く。オレは熱でへろへろのパンチを繰り出した。トゥーシーは黙って殴られた。
「お前マジふざけんなよ」
 オレはもう一発トゥーシーを殴った。
「恵まれたヤツが泣きごと言ってんじゃねえよ。じゃあお前いきなりあの駄目オヤジいなくなってもいいってんだな。替われよ、オレと替われ。オレはモールさんのいない世界で一秒だって生きてけねんだよ。お前が二十四時間一緒なのどんだけ天国だよって話だよマジふざけんな。オレと替われ。ついでにお前のすきっ歯よこせ、オレの腕なんかテメーにくれてやんよ。そんでモールさん抱いてオレは死ぬ」
 ガツンと心臓が痛くなった。バチンと目がさめた。オレはベッドの上にいた。身体は…結構動く。床の上はコーラとゲロだらけだったはずだけどキレイだった。どこからどこまでが悪夢なのか分からない。オレはあんなひどいことを後輩に言ったんだろうか。本当に? トゥーシーのすきっ歯は昔からからかいの種だったしオレも例外じゃないけど、あんな風に傷つけるつもりで言ったことは、ハイスクールに上がってからはしてなかった。それにオレ自信の手のことも、こんな風に言ったことはなかった。オレは……腕の途中からない自分の両手のことを全部の全部心から納得できてる訳じゃないし、両手のある生活に戻れるなら今でも戻りたい。ロボット義手のニュースとかめちゃ食いつく。でも手がなくなってもオレは生きることを諦めなかった。高校に通い続けて職業訓練校にも行って資格を取って、これだけでも快挙だろ? で、今自営業で食ってる。オレはオレのことをバカにするつもりなんかねえのに、昨夜はどうしてあんなことを言ったんだろう。ああ、トゥーシーが羨ましかったのか。モールさんがいないのが寂しいんだ。堪らないんだ。我慢できないんだ。会いたい。モールさんに会いたい。本当に一ヶ月経ったら帰ってくるんスか。
 それにしても喉渇いた。風邪治ってんのかな、治ってねえのかな。キッチンに下りるとかすかにコーヒーの匂いがした。
「モールさん!」
 オレはダイニングとリビングを探し玄関から飛び出して探すけどやっぱりモールさんはいない。とぼとぼキッチンに戻ると、冷蔵庫にメモが貼ってあった。トゥーシーは今朝までいてゲロを掃除したり片付けたりしてくれたらしいけどメモにはそういうことは書いてなくて、一言「すみませんでした」と事務職らしい小さい几帳面な字と書名。オレはストローでコーヒーを飲んで、また吐くけど今度はそこまで気分が悪くない。夕方までぐっすり眠って、次に目を覚ました時は自力でピザを注文できるくらい回復していた。
 休んでいる間に仕事は溜まり、オレは死なないんなら顧客を逃がしちゃいけないからしばらく忙しく仕事する。あれ以来トゥーシーには会ってないけどクロ・マーモットのアイスクリーム販売カーで噂を耳にする。まあ別れちゃいないらしい。同じ家にも住んでるらしくて、なんだよモトサヤかよ、それともオレがキューピッドだったのかよっていじけながらチョコレートアイスクリームで口の周りをベトベトにするが、話には続きがあった。どうも浮気してるのは医者のランピーの方らしくて、新しい患者に手をつけたとか何とか。
「もうすぐオーガニックのお店がオープンするじゃない?」
 クラウンの化粧の残るギグルスが言う。病院で子供を笑わせるボランティアの帰りだ。
「知らね」
「知らない訳ないじゃない」
 ギグルスはオレにアイスクリームを食べさせながら、もう片手で指さす。
「向こうの角の一階、改装中でしょ。あんた電気工事頼まれてるんじゃないの?」
「呼ばれてねーよ。デザイナー様が絡んでいるような現場にオレみたいなのはお呼びじゃねえの」
「でも知ってるじゃない」
「今思い出したんだよ」
「そこに入るのよ、オーガニックショップ。ペチュニアが合同経営する」
「あっ、あそこか。クソ、オレに仕事回せよなー、ペチュニアー」
「元カレとか頼みにくいじゃない逆に」
「いや元カレだからこそじゃね?」
「あんた…よくモールさんと続くと思ってたけど、アレね、モールさんが大人なのね」
 そこで軽率にその名前を出すかギグルスー。泣きそうなオレの口にチョコレートアイスクリームが押しつけられる。
「共同経営者の女の子、私もこの前初めて会ったの」
「へえ」
 もう興味がない。モールさん以外の存在はジャガイモだ。
「ラミーっていう女の子、すっごく可愛いの。色が真っ白で、プラチナブロンドがふわふわしてて」
 女が女を褒める時って、聞いてるこっちは本能的に怖くなる何かがある。案の定、ギグルスの目は笑ってなかった。
「でもなんか危ういのよね」
 きた。怖い発言きた。
「メンタル昔から不安定な子だったらしくてカウンセリングの先生も何度も替わってるって噂よ」
「あれじゃね、インフォームド・コンセント」
「セカンドオピニオンよ。バカね」
 そんなんじゃないのよ、とギグルスは目を細めた。
「男を駄目にするタイプよ。男だけじゃないわ。私ペチュニアが心配…」
「ランピーの話どこいった」
「だからランピーがラミーに熱心で今度開店祝いのパーティーにまで来んのよアイツ」
「へえ」
 やっぱりあんまり関係ない話だ。そう言えばトゥーシーはどうなんだろと一瞬思ったけど、ランピーが上も下も前も後ろもだらしないのは衆知の事実だし、トゥーシーだってそれ分かってて付き合ってんだろうからオレの口出しすることじゃない。オレにはモールさんのいない日々が続く。真っ暗な家に帰って、留守電をチェックして泣きながら晩飯食って留守電チェックして泣きながらシャワー浴びて留守電チェックして泣きながら床オナしてもっぺんシャワー浴びて留守電チェックして枕を抱いて泣いて留守電チェックして泣きながら眠る。起きたらまず留守電とメールをチェックする。で絶望の朝が始まる。毎日これの繰り返しだ。
 そのうち例のオーガニックの店は完成して開店祝いのパーティーが開かれたけど、その翌日には休業してしまう。話は事の次第を取材したスプレンディッドさんから聞かせてもらった。
「オレのスーパーカーが華麗なるドライビングテクについてけなくなったんだ、見てくれ」
 仕事にかこつけて呼んでくれたのか、車を自慢したいだけなのか。スプレンディッドさんの車は目立つから街を走っていればだいたい毎日目にするけど。
 新聞社の脇の路地でボンネットを開けて点検するオレにスプレンディッドさんは教えてくれる。ギグルスが言ったとおりパーティーにはランピーも出席した。無理矢理押しかけたんじゃねーのって思ったけど正式な招待だったらしい。それにトゥーシーもだ。トゥーシーはペチュニアとは同級生だし初恋だったらしいしで関係なくもねえのかな。ランピーの病院の事務だからラミーともそりゃ面識はある。でも隅っこで邪魔にならないように飲んでた。これは複数から得られた証言だ。ここでスプレンディッドさんは表情をキリッとさせた。
「ペチュニアとラミーが関係者の一人一人に挨拶を始めた。ポイントはランピーとトゥーシーが離れて飲んでたことだ。ラミーとトゥーシーは正面から向かい合った」
 スプレンディッドさんは車の空気圧を調べてるオレの前にずいと仁王立ちになった。
「ウッス。そんで…?」
「ちょっと立てハンディ」
 素直に立ち上がった途端、スプレンディッドさんはいきなり腕を伸ばしてガッとオレの首を絞める。オレは驚いて声も出なかった。
「そうだ! まさしくこの状態だ。ラミーは突然トゥーシーの首を絞めた。予兆はまったくなかった。いきなりそんなことになってトゥーシーは悲鳴も上げなかったし、周囲の人間も自分の見ているものが信じられないって顔で呆然と二人を見ていた!」
「や、やめて! スプ……!」
 スプレンディッドさんはまた唐突に手を離しオレは腰を抜かす。見上げたスプレンディッドさんは真昼の日射しに手を翳し、フーッと息を吐いた。
「誰も止めない。ペチュニアは今のお前みたいに腰を抜かしていた。トゥーシーの顔がみるみる変色する。そこで叫んだのは何故かラミーだった」
「え…、何スか、ランピーがラミーって患者に手を出したんじゃなくて、マジ三角関係で女の嫉妬っつう話スか」
「ここで不思議なのはラミーの叫んだ言葉だ。これも複数人の証言と、パーティーの様子を録画していたビデオカメラに音声が入っていたから間違いない」
 やめて! ミスター・ピクルス!
 急にスプレンディッドさんが裏声で叫んだ。
「は?」
「ラミーはこう叫んだ。やめて、ミスター・ピクルス。勿論トゥーシーの名前はピクルスじゃない。あだ名でもない。意味不明だ。そしてその場で唯一冷静に対処できた人間がいた」
「スプレンディッドさん?」
「オレはその場にいなかったんだよ。これ全部後から取材したの。驚け、あのランピーだ」
「それないっスよ。嘘でしょ」
 するとスプレンディッドさんは自分のタブレットを軽く操作して動画サイトを開いてみせた。画像は粗いけど、こぢんまりしたパーティー会場に洒落た服の若い女の子が何人も見える。っていうかこれ、アレじゃね、と思ったら画面の中から「やめて! ミスター・ピクルス!」という悲鳴が聞こえる。カメラの向きがぐるりと回る。
 ふわふわのプラチナブロンド。例のラミーってこれか。そこに長身の人影が近づく。どこから取り出したのか手に持ってるのはでかい銃で、あれテイザーじゃね? と思ったら警告も何もなくラミーに向かってそれを撃つ。バチッという音は結構小さかった。動画だからかな。すぐにラミーは倒れるけど、ランピーはそれに構わない。続いてばったりいきそうなトゥーシーの身体を抱える。ようやく周囲から悲鳴が上がる。そこで動画は終わる。
「え……」
 スプレンディッドさんは助手席にタブレットを放り煙草に火をつけた。
「これ…記事にするんスか…?」
「いいネタだ。だがペチュニアちゃんが困ることはしたくない」
「いやもう既に困ってるんじゃないスかね。だって」
「トゥーシーは訴えないらしい」
 ランピーもだ、とスプレンディッドさんは煙を吐く。
「ラミーの退院を待たず、店は再オープンの予定だ」
「はぁ…金で解決っスか」
「正直、どうすっかなあとオレも思ってる」
「記事にしてもしなくてもオレはどーでもいいんスけど、オレに教えたりしていいんスかこれ。特ダネじゃないんスか」
「動画アップされてるのに特ダネもクソもねえよ。あと単にこのクソ田舎町ろくなライバルがいねえだけのこった」
 点検が終わってスプレンディッドさんは車に乗り込む。
「教えたんだからな、行ってやれよ」
「どこに?」
「トゥーシーの見舞いだよ。後輩なんだろ」
 動画の内容が濃かったから、当たり前の事実も忘れてた。そういえばあそこで首を絞められたのはトゥーシーだったんだ。オレが話を聞いてやっても女の嫉妬はどうしようもなかったと思うけど、まあ見舞いくらい行くかなあ。と思ったもののだらだら先延ばしにしていたらトゥーシーもラミーも退院して一緒に暮らし始めたという話を聞く。
「はあ?」
「意味不明よ」
 クロ・マーモットのアイスクリーム販売カーの前でピンクのアフロをしたギグルスは憤慨していた。




2014.7.13