ロストチャイルド




 この人が自分を見つけてくれたのだ。だから自分も彼を見失うわけがない。必ず、どこにいても迎えにゆく。翼があるならばそのためだ。そう信じていた。今も大して変わりはしない。振り回され疲れ果ててもそれを嘆くことはない。この人がいる限り、この世界には価値がある。かつて遠かった街の灯も。ウィンドーの明かり、イルミネーション、世界で一番盛大に生誕を祝われる男の誕生日が近づく十二月の街角。そこに溢れる笑いも幸福も縁のないものだった。今も別段積極的に乗せられる訳ではないが、憎悪の瞳を向けていたのは昔のことだと思える。車は混み始めた道をゆるやかに走る。
 真木は指でこつこつとステアリングを叩いた。迎えに来た場所に兵部はおらず、一度広場を周回した後シャンゼリゼ通りに入る。恋人たちの通りに、まして恋人たちの季節だ。日が落ちても名だたる通りに人の姿はなお多い。だが見つけ出せる、と。
 カフェのあたたかく柔らかな光の中に兵部の姿はあって、あまりにもあっさりと見つけてしまったものだから拍子抜けもしたが、同時に予想を裏切られもした。明かりと明かりの狭間、闇に溶けこむような学生服を見出すものだと思っていた。この人は自由だ。自分を自由の世界に連れ出してくれた人だ。当たり前のことだ。
「少佐…」
 車を降りるとカップから口を離した兵部が唇にラテの泡をつけたまま哄笑した。
「迷子みたいな顔だ!」
「…迷子を見つけた親の顔と言ってください」
「どっちがだろうね。君、同じのをもう一杯」
 兵部はウェイターをつかまえて注文すると、真木を隣の席に座らせた。
「さ、あたたまって帰ろうじゃないか」
 同じもの、が目の前に届けられる。甘い香り。兵部は真木の顔に向けてふっとあたたかい息を吐いた。思わず目を細めると、やっぱり迷子の顔だ、と兵部は微笑した。




2014