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読書やビデオ鑑賞の中で、その気はなかったのにモヘた 結果の断片の諸々
本当に最初は健全だったんです! と言って何人が信じてくれるだろうか












『モーツァルトは子守唄を歌わない』原作版(森雅裕)・コミック版(有栖川るい)
名シーン、名場面、迷科白のご紹介(コミックス3巻)

主要人物は主人公であり探偵役を負わされるベートーヴェン(三十代)
ベートーヴェンの弟子で生意気盛りのカール・チェルニー(十八歳)
モーツァルトの不義の子、勝気な娘シレーネ・フリース(十八歳くらい)
あとは宮廷楽長サリエリや、若きシューベルトや、モーツァルト未亡人や…。

「ルートヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェンがウィーン楽壇の獅子とか熊とか
言われてるのは讃め言葉じゃないんですよ」

(チェルニー、コミック3巻、36ページ/原作文庫、180ページ)
これ以上、事件の真相を探るのをやめてくれと言いに来たモーツァルト未亡人とその婚約者、
二人の去った後、こんな交渉は逆効果だ、と言うチェルニーの言葉。
原作の小説は、歴史をもとにして小説であるだけで、史実ではないのだが、
でもこれは実際に言われていそうな言葉である。
楽聖というよりもウィーン楽壇の獅子、うーん似合う。


「チェルニーくん 君の銃が私の背中に向けられているのは解った
しかし私の銃は君の先生を狙っているんだよ 先生の命が惜しくないかね」
「師弟愛の試験ですね」
「そうだ そうやってよく考えるといい 私の銃口の先に誰の命がかかっているかと」
どうせ奴が考えてるのは俺の命じゃなくて この場にふさわしい冗談さ
「先生ここは思い切って死んで モーツァルトの境地に達することにしますか」

(コミック3巻、68〜70ページ/原作文庫、196ページ)
敵の銃口がベートーヴェンを狙う、そんな危機一髪の場面に愛弟子が現れたはいいが。
コミックスではベートーヴェンの頭上には十字架が輝き、ほらなこんな奴だよ、と
手書きの文字。
ネットで調べるとチェルニーは小心な性格と書いてあったが、こっちは実に明朗である。


「俺は格好いいことを言わせてもらおう

世の中 欲や打算で動く人間ばかりじゃない」

(コミック3巻、92ページ/原作文庫、204ページ)

敵に、何が目的だ、と尋ねられて答えるベートーヴェンの科白。
原作ではこの後、チェルニーが発言する前に
「カール! 破門されたくなかったら、口を挟むんじゃないぞ!」
と怒鳴っている。
コミックスでは、師の一睨みで、チェルニーは沈黙を守らざるをえなくなっている。
たまには格好いい師匠もいかがですか。


「人生の最後に聞く音が銃声というのではたまらないな」
「先生なら なんの音を望みます?」
「子供には言えないさ」
「ああ! あの音か」
「なんだ?」
「師匠には言えませんよ」

(コミック3巻、97〜98ページ/原作文庫、207ページ)
関係者がフランス軍に処刑されてしまった後の、閑散とした処刑場での会話。
掛け合いも好きだが、非常に気になる。
どの音さ。何の音さ。
小一時間問い詰めたい。


「な 何をするか!」

(コミック3巻、108ページ/原作文庫、210ページ)
事情あってチェルニーにビンタされたベートーヴェンの第一声。
この人は、意外と紳士的な気がするぞ。


「お兄さん 相談があるんですがね」
「なんだ」
「かけ落ちするならウィーンを出て どこへ行けばいいんでしょうね」
「デンマークへでも行けばどうだ?」
「デンマーク? なんでですか?」
「デンマークには海がある」
「海…ですか」
「見たことがあるか?」
「いいえ 先生は?」
「俺もない」
「そういえば先生の作品には海をテーマにしたものがありませんね」
「師ハイドンがオペラ「せむしの悪魔」で海の嵐を書いた時も海を知らなかった
ところが後にロンドンに渡る途中 初めて本物の海の嵐を経験して
彼自身大笑いしたそうだ まるでイメージが違ってたそうだよ
芸術家たるもの 海ぐらい見ておいたほうがいい―――」
「想像力でカバーできないものですかね」
「たとえば――だ おまえ初めて女というものに接した時
想像通りだったと実感したかね」
「珍しく深遠な議論が師弟間で交わされそうですが……来ましたよ」

(コミック3巻、113〜117ページ/原作文庫、212〜213ページ)
某所へスパイに入ったシレーネを呼び出してもらう間、師弟間で交わされた会話。
コミックスではこのころ忙しいのかいささか絵に粗さが見えるのが惜しいが
それでも会話と共に移り変わる表情を楽しむことができる。
ところでお兄さん、「初めて女というものに接した時…」の会話部分で
随分会話相手と顔がくっついているのは気のせいだろうか。
私の目が悪いのだろうか。


「一楽章の三百八から三百十小節だ。勢いにまかせて、下品にはずむんじゃない。
もっと気を静めて、しかも力強く……」
下手というのではなかった。慣れていないだけなのである。
足を引っ張られて、チェルニーのピアノまで、おかしくなってくる。
緊張感を持続できないのだ。
私はピアノに歩み寄った。
「お前もだ、カール。はずみすぎる。流れるように弾くんだ。
こいつは新式のピアノなんだから、うまく利用すれば歌うように響かせることができる。
無愛想にぶつ切りの音を叩くんじゃない」
「わかってます」
「音階は最高階にアクセントを置け。下降する時、オケの顔色を窺って、
いやらしくテンポを落とすんじゃない」
「わかってます」
「トリルは素早く、若々しく、しかも軽薄であってはならない。
音をオケに渡すとき注意しろ」
「わかってます」
「三楽章の二百十九小節。アルペジョは思いきりはっきり聴かせろ。
消え入るような音はいかん」
「ええ……」
肩を叩いた。
「これも修行のうちだ。いつも恵まれた環境で演奏できるわけじゃない」
「いや。……ちょっと考え事をしていたんです」

(コミック3巻、144〜146ページ/原作文庫、222〜223ページ)
抜粋は原作から。
サリエリの圧力がかかって抜けたメンバーが、他から寄せ集めながら集まった、
が、練習は難航する、その場面。
コミックスの言葉を借りれば、教師としてのベートーヴェンの一面が垣間見れる。
ちなみに肩を叩かれた後のチェルニーの科白は、本当に考え事をしていたのではなくて、
強がってみせただけなのではないかなー、とも思うのだが。
コミックスだと特に「いや〜〜〜」となっていて、わざとおどけている風が余計に
そう感じるのだが(偏った見方だろうか)。
そして師弟が師弟らしい関係を築いているのは、作品全体を通してもここに尽きる、と思う。
勉強しているのは皮肉の応酬だけではない、格好いい師弟なのだ。



残すはいよいよ最終巻のみ。
→……コミックス4巻が手元にないよ…orz



しかし流石にコミックスも最終巻となると、謎解きが絡んできて
うかつには紹介しにくい。
けれどもオススメであることは間違いない。
ベートーヴェンとカールの師弟漫才、まだまだ続きます。