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本誌での桜庭、ジャリプロ退職記念
『桜庭春人のラジカル・エモーション』最終回
オープニング
ちょっと早いこんばんは。
『桜庭春人のラジカル・エモーション』、 万八反FM衛星スタジオから江戸F
Mをキーステーションに全国38局、生放送でお送りしています。
えー、先週お知らせしたとおり、『ラジカル・エモーション』は今回が最終回と
なりました。でも、せっかく夏も終わりの天気のいい夜にジメジメするのもアレだ
し、今日も最後まで明るくやりましょう!
では早速、今日の一曲目。女の子のファンから圧倒的にリクエストが殺到したの
で、この曲、いきたいと思います。桜庭春人『SAKURA PRINCE』。
泥門からのメッセージが多いですね
いろんな人からメールやFAXが届いています。三十分しかないけど、できるだ
け紹介するね。
ラジオネーム「シュークリームLOVE」さん。
「桜庭さん、こんばんは。今までアイドルとアメフトの両立大変でしたね。江ノ島
での春季大会、拝見しました。病み上がりで尚、懸命にフィールドを走る姿は心に
残っています。そこで、頑張ればやれるんだって、なかなか引っ込み思案な私の大
事な弟にメッセージをくれませんか?」
「シュークリームLOVE」さんの弟くん、聞いてるかな。オレはまだ走り出したば
っかりだけど、頂点を目指そうっていう強い気持ちなら誰にも負けない。君も思い
切って外の世界に飛び出してみよう。頑張れ!
ラジオネーム「モンタナ」くん。
「桜庭師匠、今度会うときはフィールドで正々堂々ッスよ!」
お、高校のアメフト部員だね。望むところだ。秋大会で会おうぜ。
葉書です。ペンネーム「匿名希望」さん。
「六月に葉書を読んでもらいました、匿名希望です。あの時は相談にのってもらっ
てありがとうございました。先輩とは今でもなかなか喋れないし、二人きりになる
とドキドキするけど、こないだ一緒に帰ったりできました。恋かどうかは分からな
いけど、桜庭さんのアドバイスみたいに先入観を取ってみたら、とても気が楽にな
りました。」
おー! あの「恋するウサギちゃん」だね。この夏のうちに進展したんだー。少
しは参考になったみたいで、嬉しいな。これからもっと先輩に近づけるといいね。
ファイト。
同じく葉書で、ラジオネーム「切磋琢磨」さん。
「アイドルを辞める決断、人より聞きました。これからもより一層の精進を期待し
ます」
…ありがとうございます。この「切磋琢磨」さんの葉書を読むときは背筋が伸びる
なあ。返事も思わず低い声でしちゃうし。
はい。これからはアメフト一筋、精進していきます。
同じように「これからはスーパーキャッチの連続やで!てっぺん取ったれ!」とい
う激励のお手紙を、ペンネーム……「トラッキー」さんからもいただきました。あ
りがとう!
じゃあ、今日の二曲目。ラジオネーム「名乗る名なんてねえ」さん、「俺が名乗る
ときは宇宙の王だ!」さん、「名乗らない」さんからリクエストがきました。
夏合宿中に洋楽にはまりました、ということです。
スタイル・カウンシルの「シャウト・トゥ・ザ・トップ」。…ってコレ、朝の番組
のテーマ曲になってない?
エンディング
いよいよ、最後のメールになりました。ペンネーム「I.T」さんから。
「こんばんは。部活帰りにいつも聞いていました。今日で最終回ということですが、
俺の後輩のことについて聞いてください。
その後輩は春、試合中に怪我をしてからずっと自分と部活とのことで悩んでいたよ
うでした。一度は吹っ切ったようですが、最近は自分の才能の限界について、また
思いつめていました。
でも、俺はそいつが力をつけるのをずっと待っていました。彼が俺の側まで来てく
れたとき、互いがきっと大きな力を生み出せると信じていたからです。
これからも苦しいことの連続だと思う。何度だって壁にぶつかるし、また自分のこ
とを疑うときがあるかもしれない。でも、その苦しみを知る仲間がいることを忘れ
ないでくれと思います。それを共有する仲間達と一緒に頂点を目指すのだと。そし
て俺もまたすぐ側にいるのだと。
この後輩のために、ゆずの「泪と雨」をリクエストします」
……その後輩、聞いてるかな。俺はこの言葉はしっかり伝わったと思う。
俺も、同じ気持ちです。俺はアイドルをやめて、これからアメフトの世界で一流に
食いついていこうと決めました。同時にもう諦めないと決めた。
今まで僕やこの番組を応援してくれた皆、ありがとう。次に皆に会うときは、クリ
スマス・ボウルの舞台で会いたいと思います。
ううん、きっとそこで会おう。これが今の俺の全ての気持ちです。
それじゃあ、『桜庭春人のラジカル・エモーション』ラストナンバー。ゆず「泪と
雨」……
オンエアーを終えて
表玄関に詰め寄せたファンを尻目に、桜庭は地下駐車場からミラクル伊藤の車で
そっとラジオ局を後にした。
暮れなずむ街には、しかし早々にネオンが灯り始めている。未だに引きとめよう
とする伊藤の声を右から左へ聞き流しながら桜庭は窓から外を眺めた。
その時、通りの端に長身の影を見つける。
「止めてください!」
大声に車が急ブレーキをかける。
ミラクル伊藤が呼び止めるのも聞かず、桜庭は車から飛び出しその影に向かい走
った。周囲の車が一斉にクラクションを鳴らす。
歩道に飛び込んだ桜庭は、その顔を見て心持ち、への字口になる。
「……やっぱり」
「おかえり」
高見が照れ隠しの苦笑を浮かべながら佇んでいた。
いざ目の前に立ってみたが、桜庭の口からはなかなか言葉が出てこない。ようや
く一言だけ
「あんな恥ずかしいメール」
とボソリと呟いた。
「…まあ、分からないかもな、と思って」
「分かり易すぎますよ。あんな内容。ラジオネームもまんまイニシャルだし…」
「面と向かうと言えないこともあるんだ」
「ゆず…聞くんですか?」
「最初は若菜に教えられた。彼女はファンだから」
「俺、ちゃんと聞いたの初めてですよ」
高見は、急停車した車の窓から叫ぶ小柄な男を見遣る。
「いいのか?」
「…流石に今日は、挨拶するところがあるから」
「悪いな、引き止めて」
「いいですよ」
桜庭は車に背を向け、歩き出した。
「おい、桜庭?」
「いいんですよ。帰りましょう」
「挨拶が…」
「もう怖いものありませんよ」
慌てて後を追う高見の姿を確認して、桜庭は歩き出した。
すぐ隣に同じような長身の彼が並ぶ。
「怖いものなしって言ったって…」
「側にいてくれるんでしょう?」
高見が息を呑んだ。
「そんなに泣かなくていいんだ、側にいるよ、だから自分の足で歩こう」
桜庭が棒読みする。
「君の泪はいつか、大粒の雨になり、大地を固めるのだから」
「…いい曲だろ?」
「本当は俺の曲が最後のはずだったけど、予定変更してもらいました」
桜庭は口元を手で覆う。心なしか顔が赤い。
「ああ…恥ずかしかった」
「俺だって恥ずかしかったさ」
言って、高見は桜庭を振り向いた。
「気が合うな」
「合いますね」
ようやく桜庭が苦笑を漏らした。
高見は笑って先のビルを指差す。
「じゃ、アメリカンバーガーでも寄っていくか」
「冗談でしょう?」
笑って肩をぶつける長身の二人は、頭一つ飛び出ていて、いつまでたっても人込み
に紛れなかった。
くさいと、自分でも思いつつ。
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