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オークワードエイジの蜘蛛「あの写真、何だろ…」 写真と言う言葉に無条件に身体が反応した。 いや、些かビビりすぎだろう。十文字は思い切り不機嫌に顰めた顔を上げた。雑誌の明 るい表から視線が暗くなり始めた外へ移る。いや、外の景色は屋内の光を反射する広いガ ラス面に遮られ確かには見えない。ただ暗い鏡の上に雑誌を持った自分の鹿爪顔と、背後 の商品棚が見える。ありきたりなコンビニの光景だ。その中に揺れる赤毛と癖のあるとが った黒髪が見えた。 二人の正体はすぐに知れた。うち一人はチームメイトの上クラスメイトだ。 会話に夢中な二人は十文字に気づきもしない。 「ソフトクリームに気ぃ取られてたもんな」 「うう、気になるー…」 「でも俺、くしゃみしてたぞ。くしゃみの写真か?」 「いや…、あの人の手にかかれば何がどうなるか…」 セナと猿(じゃねえ、モン太か?)は、ぺちゃくちゃ喋りながら真っ直ぐ飲料コーナー を目指す。甘いの食べたから喉渇くー。暑いしなー。やっぱお茶? 俺、バナナシェーキ。 …あそう。そんな遣り取りがまた遠ざかり、レジで会計。チャリーン。ありがとうござい ましたー。あまりに営業的な声が押した二人の小柄な身体はあっけなく外へ出てゆき、自 動ドアが閉まると同時に見えなくなった。 十文字は顔を正面に戻した。鹿爪らしい顔の、眉間の皺がとれている。 そのことに不機嫌になり、十文字はまた眉間に皺を寄せる。 セナだ。セナが、何だって? 何だってんだ、俺。 日に日に夕方の暗がりが遠退いていく。この前と同じ時間だが、コンビニのガラスの壁 を越して夕方の外の景色が見える。オレンジ色の空と、黒い影のような商店の屋根。十文 字は雑誌を手に取り、特に気もなくページを捲る。 と、視界の端を何か素早い影がよぎった。十文字は顔を上げた。自動ドアが開く。飛び 込むようにセナが店内に入ってくる。あつー、と唇が動く。十文字は何故か眉間に皺を寄 せ、暑いなら走らなきゃいいだろ、と考える。 セナは今日も十文字に気づかず、シャツのボタンを一つ外し、手で仰ぎながら菓子の棚 に歩いていく。十文字は棚の方など見もせずに雑誌を戻すと、セナの背後に近づいた。 ガムの棚の前だった。セナはメロンとキシリトール入りのガムを悩んでいる。十文字は 手を伸ばして無糖ガムを一つ手に取った。 その瞬間、セナの肩が一気に強張って引き攣った顔がこちらを振り向いた。 「ひ……?」 「はァ!?」 あ。やべえ、と思った時にはセナは逃げ腰になっており、言葉の追いつかない十文字は セナの襟首を掴む。 「うっ」 首の締まったセナが変な声を上げる。十文字は思わず手を離し、 「あ」 悪ィ、という言葉は出なかった。 「あ、あの、えーと……」 セナが手で襟元を庇いながら、恐れるように上目遣いに見てくる。 「…………」 とは言え、十文字も考えがあってしたことではないのだ。 結局。 「つきあえ」 言って、無理やりセナの手を引き、アイスの並んだ冷凍庫の前に立つ。かち割り氷のカ ップを一つ手に取り、 「…………」 セナを見る。 黒い瞳が大きく見開くと、慌てて視線を逸らし、ちょっと悩んだ末にソフトクリームの 形をしたアイスをとる。 二人で会計をすませ外へ出たとき、二人はまだ無言のままで、やっと暗くなり始めた空 を見上げ、二人でコンビニの前にたたずんだ。背後からは明るすぎるほどの人口の光。空 は濃い青に澄み始め、あちこち打ち水のされた商店街には涼しい風が吹き始めていた。 「…………」 十文字は袋の中からセナのアイスを取り出すと、頬に押し付けた。 「あっ」 冷たさに吃驚した一声。その後で、また上目遣いの視線。そして小さな声。 「ありがとう」 十文字はズボンのポケットに手を突っ込む。眉間に皺が寄る。顔をしかめてしまう。そ うして見た先に見つけたのは、黒木と戸叶の姿だった。 「いっ」 「え?」 アイスに口をつけ始めたセナが無防備な声でこちらを見上げる。 「行け!」 十文字は駅の方へセナの背中を押した。 「え? な……」 「早く行け!」 手に持った袋を押し付け、突き飛ばす。セナは一瞬、転びかけ、すぐに体勢を立て直す と振り向いて十文字を見た。その目が、表情が少し強張って、くるりと踵を返した。 セナの姿はあっという間に見えなくなった。十文字の押し付けた氷のカップの入った袋 を持ったまま。 十文字はコンビニの壁にもたれ、ずるずると座り込んだ。急に喉の渇きを覚えた。暑い。 空は涼しく夜に沈む下で、十文字はシャツのボタンをもう一つ外し、首筋の汗を拭った。 |