蒼穹






 どうして、などと言う言葉は嫌いだ。
 天に誓って、と言うのもそれはそれで嫌だったが、まあ、そこらの何かに誓えるほどに
は嫌いだ。どうして、と言って転嫁される責任の醜さが嫌だ。ただ、あるものはあるもの、
起きたことは起きたことで納得できずとも変わりはしない。
 なのに、どうして。
 秋の空の晴れ渡り方が目に染みた。それでも十文字は空を見た。その曇りなさは、ああ、
セナに似ている。曇りのない…。
 まるで自分がフィールドにいるかのように、セナの目はどこかに吸い込まれてしまって
いる。逆にこっちがその目に吸い込まれそうなほど。それがフィールド上のたった一人に
よることを、自分はおそらく随分前から微かに知っていたはずだが、ここまで目の当たり
にした気分は横っ面を張られたにも近い。
 進、という男をセナが目指しているということは知っている、が。
 何だこれは、憧れとかそういう域の話なのか。全神経が進の為に働いているとしか思え
ない。あの目はなんだ。「何がかはわかんないけど」分からないのはこっちだ。どうして、
そんなに全身全霊を捧げるように見るのか。
 セナに正面から見られたことがあったか、と不意に考え始めた女々しさを踵で踏みにじ
る。馬鹿らしい。何を比べ始めたかと思えば。
 しかし十文字の目はそれをしっかりと捉えた。試合を終えた進の目が真っ直ぐにセナを
見ていたことを。まるでフィールドにいる人間を射抜くような目で。それを受けるセナの
顔は見えなかったが、しかしもう見なくても分かるというものだ。きっと同じように見詰
め返したのだろう。切られることのない磁力のように、そこばかり一本の道が通っている。
セナの心臓と進の心臓を貫いて伸びるような道が。誰にも介入のできない何かが。
 これでセナの全てが奪われてしまうような妄想は馬鹿げている。納得のいく理由も用意
されている、セナがアメフトを始めた理由の根幹近くに奴がいる、それだけでいいだろう。
 どうして、進なんだ。それこそどうしようもない問いを十文字は湧き上がる先から奥歯
で、踵ですり潰す。どうしてなど言っても仕様がない。進は進というだけでセナの目を吸
い付ける、セナの全身全霊を引き込む、ただそれだけだ。進という存在だから、それだけ
が理由だ。
 ああくそ、ネチネチ考えるのは性にあわねえ。
「セナ!」
 いつまでもフィールドを見ている小柄な影を呼んだ。先に猿が振り向く。それからセナ
が振り向いた。驚いた顔をしていた。さっきまでの磁力が急に失われたかのように。
「あ、うん、行くよ」
 無防備な顔だけではない。あの目が欲しい。と思った瞬間、十文字は動揺する。
 どうして、こんなに苛つく。
 どうして、こんなに欲しい。
 どうして、こんなにアイツが憎い。
 十文字は踵を返す。決勝でその答えを出してやる。セナには指一本触れさせない。その
ためには取り敢えず今日の試合は勝つ、と思ったところで走ってきたモン太が追い抜きざ
ま思いきり背中を叩いたので、一瞬本気で怒って頭をはたき返した。横を走るセナの顔は
曇りない。勝つ、ともう一度、十文字は、思ったのではない、多分、誓った。






8月30日「セナが憧れる進に嫉妬する十文字」とリクをいただきました。
ありがとうございました!

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