シャッターチャンス






 日に焼けた真っ白な大地に降り立つと、光の只中に放り出されたようで眩暈がする。姉
崎まもりは首からかけたストラップを握り締め、手の中の小さな鉄の塊の冷たい感覚に頼
る。景色はゆらゆらと揺らぎながら、ようよう形を取り戻し始める。
 初めにその輪郭を現したのは、セナの笑顔だった。
 荒野に果てなきがごとく伸びるハイウェイの脇、砂にうもれるようにそのガスステーシ
ョンは営業していた。目当てはガソリンではなく水で、よく日焼けした巨躯に声の大きな
老女は気前よく裏の井戸を貸してくれた。埃まみれに砂まみれ、何よりも汗まみれな男達
は我先にと残った体力を振り絞り、建物の裏に走った。
 子供のような歓声が響く。いや、まるで子供なのだ。汲み上げた水をお互いに頭から掛
け合い、生き返ったように声を上げる。伸びる腕が、転げるように井戸の周りを駆け回る
脚が、どれも純粋な喜びに満ちている。
 互いの背中をタオルで拭いているのはセナとモン太。十文字、黒木、戸叶の三人組は誰
が誰の背中を拭くかでいたちごっこ。その脇で小結が濡れたTシャツを首のところで引っ
かからせてしまい、栗田に助けられている。雪光は井戸端にもたれ青空を眺めて深い息。
 それから。
 どぶろくが店から歩いてきて――おそらく酒を買い足したのだ――体力残ってやがるじ
ゃねえか、と渋い顔をする。こらお前ら、と言いかけてスタスタと駆けていくと、待って
いましたとばかりに皆から桶一杯の水をプレゼントされた。
 それでも。
 端の、黒く尖った影法師は、にやにやと笑うばかり。
 まもりは手の中のものを目の高さに持ち上げる。祖父のライカ。重みがしっくりと手に
馴染む。親指でフィルムを巻き、左手はレンズに。ファインダーは茫洋とした白い光に満
たされている。その中に薄墨のような影が現れる。徐々に絞込み輪郭を現すセナの笑顔。
 もう少しで焦点の合うセナの笑顔が、ふと影の下に入る。顔が仰向き、再び破顔する。
 まもりは息を止めた。そしてゆっくりと慎重にピントを合わせた。セナの額に濡れて張
り付いた前髪を、細く長い指が撫で上げる。セナの唇が一言、短い言葉を発し、戸惑った
ように笑顔が揺らぐ。
 足元が揺れた。ふらついた体が背後のトラックにぶつかった瞬間、指先がシャッターを
きった。
 まもりはファインダーから目を外し、眩しさに目を細めた。白い光の彼方に聞こえる声
が遠い。フィルムが焼き付けた笑顔が、輪郭が滲んでしまう。見えなくなる。
「…セナ」






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