メイド・イン・ノーフラット






 無糖、と、無味、とは違う。
 今現在噛んでいるガムは無糖であるが、無味ではない。すっかり慣れてしまっているが
舌をやくような刺激がある。ヒル魔は、別に、知らないフリはしない。ただ甘い砂糖を噛
んだときのようなしかめ面をしないだけで。
 何処までも落ちてゆきそうな青空が広がっている。広がり方は二次元と言うより三次元。
もっと適切な表現を探せば深さというものに近い。無い底を探すように縦へ縦へ広がる空
だ。
 そこへまるで地球から塵を投げたかのように楕円が落ちてゆく。見慣れた赤茶の皮の色
が真昼の陽光の中で姿を消し、やがて放物線を描いて帰ってくる。
「あたっ」
 というほど可愛らしい声でもなかった。もろ顔面に直撃したに違いない。潰れたような
声、あ、と、た、にそれぞれ濁点を二つずつくらいつけた悲鳴と、ぼでぼでとグランドを
跳ねるボールの音。続いて顔面負傷の新人はもどかしげにうなりながらボールを追いかけ
る。
 もう何度と言わずこれが繰り返されている。一度もキャッチには成功していない。よう
やく追いつき、中腰でボールを拾う。表情が曇りきっている。
「手ェ伸ばせ、手!」
 セナは。
 惑いもせずに顔が上がった。そして目がヒル魔の姿を捉えた。真っ直ぐに見返すのは陰
の下にいる自分の姿が見えていないせいか。いつもあんな怯えた表情しか見せないくせに。
 ヒル魔のアドバイスをセナは素直に繰り返した。姉崎と栗田がセナを訪ねてきたが、も
う教室行ったぞ、の一言で追い返す。
「えいっ!!」
 再びボールが空に落ちる。放物線の行く先を追いかけ駆け去るあの脚は、最速時、ヒル
魔にほぼ一秒の差さえつけて走り去る。あの脚はクリスマスボウルのために絶対必要な道
具だ。この感情は無糖である。
 しかし無味ではない。
「やった!」
 短い歓声が直線的に空へ抜けた。親指をつけて、ボールはセナの手の中だ。
 セナがこちらを振り向いた。
 無味ではない。
 だからヒル魔は、底のない青空もう一度放り投げたボールをキャッチした笑顔が戻って
くるのを待つ。次のキャッチに失敗する様も見届ける。そしてどちらの顔も人に見せる気
はない。
 無糖、しかし無味ではない、舌をやかれるような奇妙な刺激を。
 今にもあの細い身体を掴んでしまいそうなほど、欲している。






2004年6月25日午前1時にリクをくださいました方、ありがとうございます。

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