青空のフィルム






 やけに晴れていた。やけに青い空が見えた。ヨンはやけに陽気で、ヒル魔はやけに不機
嫌だった。やけに気温の高い、その日の正午、三人そろってビルの屋上に上った。
 タッタ一度きりのこと。
 ヨンの黒い背中に汗が浮いている。彼は右肩にアイスボックス、もう片方にパラソルを
担いで屋上への狭い階段を上った。階段は一人がようよう通れる程で、ヨンは何度も肩や
腕を擦り剥いていた。ようやく屋上へのアルミ扉を開けたとき、籠もった熱気は抜けたが
同時に、音のするような真昼の陽光が降り注いだ。
 強い風にセナのシャツの裾がはためいた。白いシャツは太陽の下で乱反射を起こし、ヒ
ル魔が眩しそうに目をそばめる。ヨンはそんな二人を見て、上機嫌で「ユア・マイ・サン
シャイン」を口ずさむ。
 他のビルに遮られ全く見えなかったが、ヨンは海のある方角にパラソルを立てた。錆び
た折りたたみ椅子が二つにビールケースが一つ。それが彼らの椅子で、ヒル魔は当然のよ
うに折りたたみ椅子に座り、セナは遠慮したが、もう一つの椅子にはヨンが無理やり座ら
せた。
 灼ける日に、陰はあまりに小さかったが。
 チビはいっつも縮まるのな。
 ヨンの声が背後から聞こえて、急に両手を持ち上げられる。ヨンがセナの両手首を掴ん
で万歳をさせる。
 脚ものばせって。ノビノビしろヨ、ノビノビ。
 ヨンの口にするノビノビという言葉は何だか可愛らしい動物の名前でも口にするかのよ
うで、思わず顔がほころんだ。
 陰はあまりに小さいが、あまりに心地のよい場所で。
 アイスボックスの中には冷えたビールとアイスクリームが山ほど入っていた。これ三人
で食べるんですか、とセナが訊くと、テメーら二人で喰うんだろうが、とビールをすすり
ながらヒル魔が言う。セナはソーダバーの水色の欠片を舌の上に乗せながら、自分のパス
ポートの写真も彼が撮ったものだったと思い出す。
 ぱちり。
 こっち向け、糞チビ。
 振り返り。ぱちり。驚く。ぱちり。
 え、今?
 中古のニコンに隠れてヒル魔の表情は見えない。セナが名前を呼ぼうとした瞬間、日焼
けした腕が肩に回され、キネンシャシンとやらを一枚頼むぜ、とヨンが言う。ヒル魔は黙
ってシャッターを切った。
 貸せよ、オメーら二人も撮ってやるよ。
 誰がテメーに貸すか。
 お前のモンなんか持ち逃げするかヨー。
 ヨンが奪い取ったニコンでヒル魔を撮ろうとすると、長い指がレンズを覆ってしまった。
ヨンは唇をとがらせる。
 シャイボーイめ。
 途端に二発の銃弾がヨンの頬を掠める。セナが吹き出すと、ヒデエなあ、というヨンの
言葉と一緒に、ヒル魔からは髪の毛を掠る銃弾一発のプレゼント。その後、溶けたアイス
が指に流れ出したのをぺろりとやったところを、ヨンがぱちり。
 照れてネーでさー、オメーら二人並んでみろヨー。
 ヨンがニコン片手に不貞腐れると、ヒル魔が言った。
 んなもん、必要ねえよ。
 急に黙り込み、ヨンは、また急に笑い出した。
 それッきりのコト。


          *


「ありがとうございます」
「…何だ」
 ヒル魔が助手席に目を向ける。セナは首を振って、ヨンさんには言い忘れたなぁ、と囁
いた。






これを書いた時は、後々ヨン様なんて俳優が出てくるとは思いませんでしたねえ。

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