Good morning, Mr.Hungry Spider






 広いガラス窓の上で反射した夜の明ける一番初めの光が、十文字を浅い覚醒に誘った。
眠気に操られたままの瞼を半分こじ開け、見えたのは、薄青いホテルの部屋と、ベッドの
上の人影。一度は素直に瞼を閉じ、今しばしの眠りを貪ろうとしたが。
 その目はもう一度開いた。
 朝日がビルに遮られながらスペクトルのような光線を投げかける。窓を背に、胎児のよ
うに蹲るセナの寝姿は、動物の子供が草の上で丸くなる様に似ていた。Tシャツの腹がめ
くれて、覗くそれは寝息と共に小さく上下する。十文字は息を止め、その寝顔を見た。笑
みとはまた違う安らかさ、いささか歳不相応のあどけなさが、逆光の中、長時間露光のよ
うに網膜に焼きつく。
 考えもなく、指が伸びた。それが鼻先に触れるかという時、セナが小さく身じろいだ。
「ん…」
 十文字がそのまま硬直していると、薄くその瞼が開いた。セナはしばし不安げに目を泳
がせたが、部屋の様子、頬の下のシーツの感触を確かめると安心したように目を閉じた。
「……………」
 十文字は止めっぱなしだった息を吐き出し、意味もなく天井を睨みつける。そしてもう
一度、セナを見た。薄い腹が吸う息と共にふくらみ、吐く息と共にすうーっとへこむ。十
文字は手を伸ばし、指先でセナの裸の腹に触れた。
 単純なほどの体温の伝播。指先はゆっくりと腹の上を滑り、指の腹が、掌が、ひたり、
と触った。十文字は掌の感覚に集中するように目を瞑る。
「あ…?」
 微かな声。セナの瞼が開いている。
「あ…」
 十文字は鸚鵡返しに間抜けな一音を発すると、指先でTシャツの端を抓んだ。それをゆ
っくり腹の上にかけながら、小声でぎこちなく言い訳をする。
「風邪、ひく、ぞ」
「あー…」
 セナの表情がまどろみの中で、やけに幸せそうに緩んだ。
「ありがとう」
 その笑みが再び眠りの中に解けるのを、十文字は見詰めていた。
 ので、背後の銃口には気づかなかったようだ。


 再びその瞼を開いたとき、日は午前の明るい光を撒き散らし、目の前にセナの姿はなか
った。
「………」
 十文字はごろりと仰向けになり、掌を見詰める。






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