ワイルダー・ザン・メディスン






 話、テレビの声。柔らかな膜の包みこむようなこの部屋では時間もその流れを変える。
気が付くと電気が消えた。消灯時間だ。
 セナはベッドから下りると、点滴のぶら下がったスタンドを押して窓辺に寄った。細く
窓を開け、小さな丸椅子に腰掛ける。じっと横たわっていても眠れなかった。生温さと、
左腕の点滴がやけに意識されて、気分が重い。ここで涼しい夜気を鼻から吸い込み、外の
匂いをかぐと少しは額の汗が引いた気になる。
 夕方、見舞いに来たモン太の言葉を思い出す。

 ――お前が入院してからヒル魔先輩の機嫌の悪いのなんのってさ。
 ――うわあ…、また怒られるなあ。
 ――違うだろ。心配してるんだぜ。

「本当かなぁ…?」
 セナは苦笑する。彼が人の心配をするだなんて考えられない。が、アイシールド21が
試合に出られるかどうかの心配ならするかもしれない。それでいい。それがいいと思う。
その方がヒル魔らしい。彼が見舞いになんかきたら、天地がひっくり返るかもしれない。
 不意に冷たい風が吹いた。カーテンがひらめく。同室の人を起こすかもしれない。セナ
は窓を閉めようとした。その時。
「ひっ……!」
 風よりも確実に同室の患者を起こすであろう事態は長い手によって遮られた。
「馬鹿」
「ばっ、ばっ、ばっ…」
「落ち着け、糞チビ」
 ヒル魔はそれがごく当たり前だとでも言うように窓枠に手をかけ、セナの目の前にいた。
「こっ、こっ、ここ四階なん……」
「知ってる」
 ヒル魔はスタンドを見上げると、何だまだ点滴打ってやがるのか、と非常に面倒そうに
呟いた。セナは唖然としてヒル魔の顔を見詰める。外には足場などほとんどなかったはず
だ。が、セナの心配など何処吹く風で、ヒル魔は我が物顔で窓枠に腰かける。
 涼しい風が静かに吹き込む。セナはヒル魔の顔を見上げるが、夜闇がその表情を隠す。
視線は外へ天井へと彷徨い、唇は言葉を失ったかのように閉じたままだ。自然と顔が俯き
かけた。その時。
 すい、と伸びた腕が首の後ろからセナの頭を抱き込み。
「さっさと戻って来やがれ」
 静けさのずっと後、ヒル魔は囁いた。
 カーテンがはためく。レールの金具がカラカラと鳴り、セナが我に帰ったとき窓から見
えたのは静まり返った都会の夜だけだった。
 セナは震える唇を掌で覆った。耳は激しく動悸打つ心臓の音に耳を支配されているが、
さっきの言葉だけは木霊のように聞こえる。知らぬ間に目じりに涙が滲んでいた。それを
拭いながらセナは、心の中で何度も繰り返した。ありがとう、と言おう。今度会ったら、
あの人の顔を見て、ありがとうございました、と言おう。

          *

 翌日、窓の外を豪雨と暴風と雷が荒れまくるのを、
「………」
 セナはただ呆然と見詰めていた。






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