ツイスター・ヒット!





 至上の音楽を見たかのように、捕らわれた心がある。
 太陽が灼熱の面を見せる少し前に彼らの行軍は始まる。今朝は曇り気味の空に、奇妙な
風が吹いていた。ただ強いだけではない、なぶり、足元から根こそぎもぎ取るように吹く
風だ。
「トロトロしてらんねーな」
 銃を担いだ悪魔が楽しそうに笑い、風がいよいよ不穏な湿り気を帯びる。
 空気がざわめいていた。地の底から震えが湧きあがるように、木々ばかりでない、路傍
の雑草までがざわざわと揺れている。目の前をひた真っ直ぐに伸びる道が、波打つような
錯覚さえ受ける。十文字はぴしゃりと傷の入った頬を叩いた。惑わされるな。道のりはま
だ長い。
 号令が飛び、後衛組が出発する。
 その瞬間に捕らわれた心がある。
 ひたと見据えられた二つの眼。怯えも怖れも、感情の全てが置いてけぼりにされたかの
ように抜け落ちる。裸の魂だけで踏み出すような一歩。後に残るのは地を蹴る細い脚の残
像。切り開かれた軌跡。
 それは視覚以上のインパクトを以って十文字の全身に叩きつけられる。その瞬間、切り
裂かれた風を全身に受けるような。蹴られた地面の震えを全身に感じるような。走る姿を
映す光に目を覆われたかのような。
 まるで至上の音楽が脳を突き抜けていったかのような。
 かつては阻止しようとした、その走り。今はそのために何でもできる。平穏な生活への
別れ。アメリカ大陸横断。灼熱と冷雨の下の地獄の行軍。
 セナの走るための道を、自分が切り拓く。
 音楽が突き抜けた後の身体に残ったものがある。一つの諦念だ。
 もう諦められないという諦めだった。
 号令。十文字はそれを奥歯で噛み砕く。今はそれに感じ入っている時ではない。トラッ
クの重量。全身の悲鳴、うめき。ああ、つらいさ。きつくてたまんねえよ。で、それがど
うしたって?
 トラックはじりじりと前進を始める。長い道に一歩一歩が刻まれる。いや、一歩ではな
い、五歩だ。五歩、十歩、十五歩。やってやる。ざまあみやがれアメリカ。
 その午後、竜巻が起きた。ざまあみやがれ、と言うには、まだアメリカは大きかったよ
うだ。竜巻はどこかの農業用トラックを巻き上げ、後衛組の走る方向へ進路を進めていっ
た。
「やってやる」
「あん?」
 十文字が呟いたのを黒木が聞きとめた。不審そうな黒木の目に、十文字は目で竜巻を指
し、奥歯を噛み締めた。
「負けてられっか」
「…だな」
 天まで巻き上げられたトラックは地面に激突し、轟音を彼らの場所まで響かせた。
 十文字は全身のうめきを捩じ伏せて、トラックを押す。また一歩、一歩、一歩、一歩、
一歩。の、五歩。負けてられっか。






実は都都逸のお題。「諦めましたよ どう諦めた 諦められぬと諦めた」 モノカキさんに都々逸五十五のお題

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