メフィストフィリアン・スネア指が一本。 すい、と伸びて、Tシャツの襟ぐりに引っかかる。引っ張られた襟から、日焼けし ていない肩までの線が一瞬露わになる。 引っ張られた相手は、ぐわっ、と息の詰まった妙な声を上げて振り返る。 「ヒル魔さん」 Tシャツの表にはガムテープで書いた「主務」の文字。気弱そうな顔が振り向き、 一度、手の中から落ちかけた人形の破片(道頓堀で拾われたというアレ)を持ち直 し、もう一度顔を上げる。 指の主は僅かに背を屈めて、相手の耳元に二言ばかり囁く。囁く口元から牙のよう な犬歯が覗く。 囁きを聞いた側の顔には疑問符が浮かんだが、彼はまるでそれに構わず、射す西日 に悪魔のような影をゆらめかせながらその場を去る。残された小柄な影は戸惑ったよ うに首を傾げるが、猿に似た友人がぴょんぴょん跳ねながら近づいてくると破顔して そちらへ駆けてゆく。 「セナ。今、ヒル魔先輩、何て?」 「んー…、まあ秘密?」 「何だそりゃ、エイリアンズ戦の秘策?」 「何だろ、よく分かんないや」 二人の話題は手の中の人形の破片に移る。これってやっぱり焼却炉行きかなあ。道 頓堀の次は焼却炉か、激動の人生だな。っていうか、ここで終点だけどね…。 十文字の手の中で、ぴしりとヒビの入る音がした。自分の持っている壊れた人形の 頭部だった。 「はぁ?」 何でそうなる。 しかし目の裏でちらついたのは疑問符ではなく、一瞬露わになった肩の線の白さ だった。日に焼けていない、肩の。 「フン」 傍らで鼻息を吐く音がした。見ると小結が肩に人形の足の部分を担ぎ、呆れた顔で 一瞥した後、ドスドスと力強く先を行く。 「…野郎っ」 十文字はダッシュして小結に追いつき、彼の肩から人形の足を奪い取った。 「ザマ見ろ」 「…フゴッ」 小結は小さな目を見開き、鼻息も荒く十文字の背中にタックルを食らわせた。派手 な音を立てて人形の残骸が散らばる。 遠くで、ケケケ、と悪魔の笑う声が聞こえた。 「…で、何て言われたんだよ」 「えーと……ドントリーブ…なんとか?」 「あ、英語か…」 「だからよく分かんなくて。ヒル魔さんが何でもないことをわざわざ何か言うなん て、ないんだけどな」 「…暗号じゃねえか?」 「だとしたら通じてないよ…」 セナは困ったように眉尻を下げ、指先で襟ぐりを抓んだ。 「あーあ、伸びちゃった」 |