数多の光の溢れる先へ





 星が違う気がする。空が違う。天がすっぽり自分を地球ごと包んでいるのが解って、鳥
肌が立つ。地平線は遙かに横たわるもの、天空とは果てないもの。これが自分たちの挑ん
でゆくスケールだ。知れば知るほどに恐ろしいが、同時に彼方の光は美しい。きっとそこ
へ届きたい。
「寝ろ」
 殺しもしない、しかし低く、まるで鉄の塊が落ちる無造作さで一言、声が落ちてきた。
 目を開き、見上げる。闇が星明かりに明るい。荷台にもたれかかって座るヒル魔の姿は、
灼熱の太陽照りつける下で見るよりも明確な像を結ぶ気がした。夜の冷気と同じように冴
え冴えとした目が見おろしている。口元から覗く尖った犬歯。しかし笑ってはいない。
「何だ?」
「いえ…何も」
 ヒル魔は銃を足元に置くと、セナの隣に横臥した。セナは思わず身をすくめる。しかし
ヒル魔は横臥したまま軽く目を瞑り、口だけを動かして言った。
「こんな空、あと一ヶ月嫌ってくれー見るんだ」
 だから寝ろ、と繰り返し、口が閉じる。
 瞼と唇が閉じた瞬間に、まるで人工物のように静まり返るヒル魔の顔から、セナは目を
逸らした。思いの外、形の整った顔を長く見つめていることはできなかった。
 セナは目を閉じ、ため息をつく。
「一ヶ月…デスマーチを生き延びられたら…」
 その時、ヒル魔の片目が開いた。
 唐突に変わった気配に目を開き、星の光を見たのは一瞬。
 星空が陰る。
 彼の肩に。
 反射的に伸ばした手が掴まれ。
 背の下の固い荷台の感触。
 打ちつけた頭。
 痺れる。
 唇が。
 息ができない。
 殺した声が耳元に囁かれる。
「声、出すな」
 また咬みつくような。セナは目を瞑り、目を開け、また閉じた。瞼の裏で白い星が弾け
るように瞬いた。
 不思議なほど、何も怖くなかった。時間が捻れ、虚空に放り出されたかのような中、確
かに感じるヒル魔の腕に爪を立てる。
 唇を重ねたまま、セナは呟いたような錯覚を覚える。
 何も怖くありません。
 僕らは光を目指すんだ。
 ここから光を目指すんだ。
 遥か背後に跨ぎ越してきた一線、あれを地平線に、前へ、前へ。
 あなたと一緒に。
 もう一度、広い空の星を見たような気がするが、いつの間にあの虚空を抜け出してしま
ったのか。セナが2、3秒の眠りを感じたかと思うと、彼らは我らが師匠の声に起こされ
た。睡眠はあっと言う間だった。
 顔面を横から照りつける強烈な光。瞼をこじ開け光源を見る。遙か背後の地平線から昇
ろうとしているのは金でできているかのような太陽だった。皆が起き出し、同じ方向を見
ていた。唐突に手を叩く音が響いた。モン太が両手で自分の頬を叩いたのだった。
 セナは、はっとヒル魔の姿を探した。荷台の上にはいない。身を乗り出して下を見ると、
大型のタイヤの横で、銃を肩から下げ朝日の方向を向いている。
 不意にその首がこっちを見た。しっかりと視線が合う。刹那セナの瞳は揺らいだが、し
かし臆せずその目を見た。昨夜、怜悧なほどに冴えきっていた目は、次の瞬間、ニヤリと
笑った。
 明けたばかりの澄み切った青空の下、大地の上、爽涼たる風が吹いた。






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