(WE) LOVE SONGS





 景品の8センチCDを右手から放り上げて夜空に飛ばすと、ネオンを反射した七色の光
が目の上を閃いた。暗い午後八時の空はビルの間から眠らない不良達を見下ろしてどんよ
りと暗い。まるで自分たちの未来を呪うかのようなねっとりとした黒だ。空気は息苦しい
程に生ぬるい。雨降るぞ、と携帯電話を覗き込んでいた戸叶が言った。
 カランと無機質な音を立てて8センチCDがアスファルト舗装の歩道に落ちる。十文字
がそれを無視すると、あ、落ちた、と呟いて黒木が拾った。傷入ってらぁ、という声は随
分間延びしていた。黒木はクルリとCDを引っ繰り返し、タイトルを読み上げる。
「名曲シリーズ、水色の雨、」
「ルチーノとリリカ?」
「なに?」
 戸叶の言っていることが黒木には分からない。
「ミッシェル」
「外人?」
 十文字が出した助け舟も通じなかった。ツッコミを入れるタイミングは失われた。つう
かこいつ聞いてなかったのか、ミッシェル・ガン・エレファント。戸叶を振り返ると、肩
をすくめる。
「…なんだよ、その二人だけ分かっちゃってる空気はさぁ」
「お前、俺ンちのCD借りてかなかったか?」
「トガから借りたの? あれだろ、クレイジー・ケン・バンド」
 あとライムスターな、と指をピースサインのように二本立てて戸叶の顔を見る。
「聞く?」
「いや、もうしばらく借りとけ」
「サンキュー」
 お礼にこれ、いる?と黒木は8センチCDを戸叶のサングラスの前に差し出す。
「…いらねえ」
 戸叶が眉を寄せる。まるで過去を忌むような視線だった。
「捨てる?」
 生ぬるい空気に感化されたように間延びした黒木の問いを十文字は無視した。
「…機嫌悪い?」
 こっそり戸叶に尋ねる声も丸聞こえだ。戸叶は肩をすくめてそれに返す。
 事実機嫌が悪いと言えばこれ以上に悪いこともなかったし、穏やかな気分ではなかった
のだけれど。だからと言って、何だ? 自分のものでもないのに、どうこう言う筋合いが
あったか? 汗に濡れた白く細い背中を長い指が撫でた。視線は確実に自分を見ながら。
あれは宣戦布告というより警告に違いない。俺のものに手を出すなという悪魔の警告だ。
少々上目遣いのその目は何より楽しそうに笑っていた。背中を撫でられた小柄な主務は悲
鳴を上げて振り返り、傍らに立っていた悪魔より、思わず視線のあった1メートル10セ
ンチ向こうの自分に脅えた。
 何も言っていない、何のアクションもない、のに。自分でさえ気づかなかったこの心臓
の裏を掻くような感情を、何故あの悪魔に察せられなければならないのか。
 セナに起因するこの感情を。
 妙な声を上げて黒木が空を仰いだ。
「降ってきたぞ、めんどくせぇ」
 ねっとりとした空気を裂いて雨粒が鋭く降り注ぐ。SONSONまで走るかという案が
出たが、却下するでなく、なんとなく濡れても構いやしねえという方向で流れた。繁華街
からはみるみる人影が消える。代わりに通りに面したファーストフード店やコンビニの窓
が白く曇った。
「今からコンビニいっても人多そうだなぁ」
 黒木の声はまだ間延びしている。
「帰るかぁ?」
「…お」
 戸叶が短く声を上げる。
「なによ」
 と戸叶の隣に立ち、同じ方向に視線を遣った黒木も、あ、と言って立ち止まった。
「ンだよ」
 十文字も立ち止まり、二人の視線の先を辿る。
 レコ屋の前だった。店員が新曲のポスターを貼った立て看板を中に仕舞っている。店内
には意外と人が多い。その中に同じ制服姿の二人組みが見えた。小柄で二人そろって髪の
立った癖っ毛。
 セナとモン太が一つのヘッドホンを片方ずつ分け合ってCDを視聴している。
「あいつら俺らより先に帰んなかったけか」
 黒木の声の間延びも途端に気にならなくなる。十文字の神経は視覚に総動員された。ほ
んの数秒だが。数秒後に我に帰ったのは自制心と戸叶の視線だ。そうだ、ヒル魔だけでは
ない、何故こいつも気づいているのだろう。と言うか、何故、黒木だけが気づかないのか。
「寄るか」
 戸叶が先に歩き出す。寄る寄る、と黒木が楽しそうに後に続く。
 十文字は渋々を装ってゆっくりと歩く。
 よう、と肩を叩かれ、セナは跳ねるように振り向き、モン太は見当はずれに反対方向を
振り向く。
「お子様の門限はいいのかー?」
 黒木がからかうと、モン太がムキャーと奇声を上げてすぐムキになる。
「お前らこそ不良じゃねーか!」
「そーだよ、不良だから門限関係ねーの」
 笑う黒木の後頭部を戸叶がCDで叩く。
「痛っ! 今、角で叩いたろ」
「何聞いてんだ?」
 戸叶は黒木とモン太の間に割り込むようにしてプレイヤーを見る。
「リップ」
「あー、これ出たときアメリカだったか」
「いんや、出たのは7月だけど聞きそびれててよー」
「アメリカ戦前か」
「聞けよ、人の話!」
 戸叶とモン太が会話する横で黒木は喚く。戸叶は手にしたCDを振って、
「お前はこれ」
「なに?」
「ミッシェル」
「外人?」
 モン太がCDを見上げて黒木と同じことを言う。
「聞くか?」
「聞く」
 戸叶の問いに黒木は素直に頷いた。戸叶は黙ってそれをキャッシャーに持っていく。
「女性歌手?」
 とモン太。
「知らね」
 黒木。
 それらやりとりをセナは妙にニコニコして見ている。その姿を十文字は少し後ろから見
下ろしている。
 と、その後姿が不意に振り向いた。
 勿論、十文字と視線が合う。至近距離に驚いたセナは一瞬後ずさりかけたが、十文字が
困ったように視線を逸らすと再び笑みを取り戻して、や、と小声で言った。十文字も口の
中で、よう、と返す。
 結局、雨が小止みになるまでレコ屋でだべっていた。
 雨の上がってむっとする通りを5人で歩く。前では黒木とモン太が喋っていて、時折戸
叶が言葉を挟む。その後ろからやはり少し嬉しそうな笑顔のセナがついて歩き、十文字は
人一人分の距離を置いて、その隣を歩いている。
 何でニコニコしてんだ、何かいいことでもあったのかよ、セナにかける言葉を十文字は
ぐるぐると頭の中で繰り返している。が、口には出せなかった。セナは相変わらず機嫌が
良さそうだ。別に目当てのCDを買った様子でもないが。
 あっと言う間に駅に着く。結局セナとは一言も話していない。
 二人のチビは仲良く並んで手を振り、
「また明日なー」
 これはモン太。
「じゃ、じゃあねー」
 少しどもり気味のセナ。
 オウ、と声を返したのは黒木。戸叶は手にしたCDを軽く振り、十文字は何もしなかっ
た。
 空はいつの間にか晴れている。かすかに、ほんのかすかにぼやけて光る星の光が見えた。
明日は晴れ、と携帯電話を覗き込みながら戸叶が言う。十文字はむすっとして歩く。
 と、肩を小突かれた。
「…ンだよ」
「明日は晴れだ」
「だから」
「陽はまた昇るぜ」
「元気出せ十文字ー!」
 どん!と反対側の肩に黒木がぶつかってくる。
「どーせまた教室で会うって」
「………」
 尚も黒木は十文字の背中をバンバン叩いた。
「黒木」
 その間に先を歩いていた戸叶がCDを差し出す。サンキューと言う黒木の声はもう間延
びしていない。夜の街に近所迷惑の事ながらよく響いた。
 十文字は溜め息をつくと、苦笑しながら歩き出した。





7777のキリリクを書いていたつもりが、冒頭の方向性からか、脱線。
そのうち、仲の良い一年生組が書きたくなり、か、かなり仲がよくなった…。
ルチーノとリリカはミッシェル・ガン・エレファント「水色の水」の曲中の人物。

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