EATING




世界一汚い爪の持ち主はそれはあたし、と林檎をさくり
(『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』 穂村弘・小学館)


 真夜中の無人のキッチンにそっと降りて、手にとった一つの林
檎。まるで闇の塊を手にしたようで、自室の鍵をかけて灯りの下
で見るまでそれが赤い色をしているとは思わなかった。
 死神は、手ずからその林檎を口にした。命を奪う手。デスノー
トに名前を書くことは死神にとって命を永らえるのに必要な行為
だから、そうきっと食事と同じ程度の日常性を持っているだろう。
あるいは無感動。ならば月がデスノートに名前を書く行為は料理
人、精々屠殺程度にしか見えていないのかもしれない。たとえそ
れが殺人という大罪であっても。
 血濡れの手。二人目の名前を書いた後、これは無様に震えたも
のだ。その手が今は世界一……。
「リューク」
「ん?」
「おいしそうだね」
「うまい」
「…よかった。それ林檎じゃないんだ」
「え?」
 それまでガツガツと月の方を見ずに生返事をしていたリューク
がぽかんと顔を上げた。
「…嘘だ」
「嘘さ」
 月は半分になった林檎にさくりと歯を立てた。甘い。酸っぱい。
おいしい。蜜の味。そりゃあ、そうさ。
 この手は、世界一穢れなく綺麗な手。
 死神はこれ以上月に食べられてはかなわないと、慌てて掌の上
の林檎を丸呑みした。
「はは」