DINNER IN THE NEW YEAR



 口の中にものを入れるという行為を奇異に感じなくなったのはいつの事か。鋭い刃物で
切り分けた果物を、更に細かく齧り取り、何度も何度も口の中で咀嚼するのだ。皿が空に
なるまで咀嚼し続けるのだ。どうしてだろう。何故、その必要があるのだろう。寧ろ、口
の中にものを入れることに違和を感じていたのはいつの事だったろう。いつかはそれを厭
うていたはずなのに。厭う以前は不思議でならなかった。
「ケーキの板に」
「ホワイトチョコレートの板ですね」
 背後に控えたワタリが柔和な笑みを連想させる声で応える。Lはゆっくりと一言、一言
を厳選しながら、正確に歯で舌で唇で発音した。
「ハッピー…バースデイ…と書いてください」
「英語でですね」
 つづりを思い出す。Happy birthday。新しい年よおめでとう。私の前に現れた。人殺し
を追う私の前に、新しい光を伴って生まれてきた。私はおまえを祝福しよう。
 ワタリの用意したケーキは午前零時を1秒過ぎてLの前に差し出される。地球上のまだ
年の明けていない土地、既に夜明けの光を望む土地、彼の手足の送り届ける様々な表情が
モニタに所狭しとひしめいている。そして今、この日本は午前零時一分。ハッピーバース
デイと胸の中で口ずさむ。歌が得意という訳ではない。ホワイトチョコレートの板を取り
上げる。チョコレートの文字が優雅な曲線を描く。縁は苺のチョコレートで細かく細工さ
れている。
 一口、口に含み、歯を当て、キラを思った。おまえはどんな顔をしているのか、私には
それが見えるようだ、キラ。おまえの眼差しが、私に直接注がれているようだ。そして私
は。パキリと音がしてチョコレートの板が砕ける。私はおまえを食べるかのようだ。生ク
リームをすくい取るようにおまえに手を伸ばし、甘い酒の染みたスポンジを臼歯で磨り潰
すようにおまえをしっかりと捕らえるだろう。離さ、ないだろう。
 光るモニタ。新たな土地での新たな夜明け。しかしおまえは未だ暗闇の中。おまえをそ
こから救い出して、用意された縄の下に連れて行くのは私しかいない。このケーキを、こ
のように両手で持ち上げ、口一杯に頬張るように、私は全身全霊でおまえの身を捕まえよ
う。おまえの肌は……白いんだな。
 また新しい夜明け。時計は午前零時十九分。手には生クリーム。Lは苺を噛み潰す。目
を瞑ってそれを味わう。夜明けまでおよそ七時間。正確な時間は必要ない。雲が出ている。
おそらく雪が降るだろう。日の光は射さない。
 Lは舌を出して手のひらの生クリームを舐め取る。丹念に、獣が毛皮を整えるように。
待っていろ、キラ。おまえを日の下へ晒してやろう。雪も雨も関係ない世界へ連れて行こ
う。
 いつからこう考えることに違和を感じないのか。キラを捕まえ、全ての罪を白日の下に
晒し、その背に負わせ、その重みで死刑台にぶら下がらせること、それを果物を、ケーキ
を、ホワイトチョコレートの板を口の中に含み、咀嚼し、飲み込むことのように。
 食べることのように自然な事だと考え始めたのはいつのことか。
「関係ない」
 モニタが光る。また犯罪者が一人殺された。心臓麻痺。キラに殺された。
 ワタリ、ケーキをもう一個。ハッピーバースデイ。一月一日午前零時三十四分。