SILENT NIGHT




 雑踏は、物憂い。
 雑踏は、退屈だ。
 雑踏は、人の波は、繰り返し流れるクリスマスソングは。
 この上なく退屈だ。
 生では聞いたことのない鈴の音を、皆が懐かしいと思い込んで
いる。サンタの鈴の音、トナカイのそり、飾り立てたもみの木と、
靴下一杯のプレゼント。それら一つとして目に入らないかのよう
な姿勢で歩いていた月が、デパートの化粧品売り場に入った途端、
ころりと態度を変え、笑顔でピンク色のマニキュアを購入し、金
色の包み紙と赤いリボンでラッピングしてもらうのを、リューク
は後ろで笑いながら見ていた。
 今朝、月は妹から、早く帰ってきちゃ駄目よ、と念を押され、
終業式と塾の後、真っ直ぐ家には帰らず雑踏の中を、歩いていた。
あてどもないのかと思っていたが、意外なほどの目的意識。ラッ
ピングされた包を崩さないようにバッグに仕舞い、しかし歩き出
した雑踏の中ではやはり退屈がその顔を覗かせる。
 帰宅すると、ホームドラマが始まった。粧裕がクラッカーを鳴
らし、玄関口で月を驚かす。ライトは驚かなかったが、その代わ
りに月がバッグから取り出したプレゼントに粧裕が驚いた。
 母と粧裕は大きなクリスマスケーキを作っていて、彼らはそれ
を四等分し、チキンがメインの夕食の席の大トリとして登場させ
る。じっと兄の口元を見詰める粧裕に、月は褒め言葉をかけ、母
に素朴な感謝の言葉をかけ、ようやくお開き。四分の一残った父
の分のケーキは冷蔵庫に仕舞われた。
 そして自室に戻った月は溜め息を吐く。
「ホームドラマに疲れたか?」
「まさか」
 リュークの意地悪な問いかけをさらりと否定する。
「でも街でも退屈そうだったぞ」
「そう? プレゼントを選ぶのは楽しかったよ」
 答えながらもリュークは見ていない。ノートを取り出し、テレ
ビをつける。そして犯罪者の名前を書き込む。
「休まないのか?」
「休まないよ」
「クリスマス・イブなのに」
「関係ない」
 ニュース映像の最後は、世界のクリスマスだった。ニューヨー
クのクリスマスツリー、イルミネーションの美しい東京、日本の
地方都市、サーフィンをするオーストラリアのサンタクロース。
「神になったら、月もこんな風にまつられるのか」
 テレビの映像をしげしげと見つめながら死神が言う。月は吹き
出した。
「キリストは神じゃないよ」
「ん? キリスト教なんだろ?」
「…リュークって、本当に神?」
 引き出しの二重底にノートを仕舞い、月はベッドの上に横にな
った。しばらく寝息にも近い静かな呼吸を繰り返していたが、ふ
と目を開けると、死神の顔が真上にある。
「マリオゴルフやろうぜ」
 階下からは、微かに今年流行のクリスマスソングが流れてくる。
 けれども、ここは。
「ライト」
「…いいよ」
 二時間ほど熱中する間に流れていた電子音や、季節を問わない
テーマ曲は月に日付を忘れさせた。隣に座る死神の存在が、更に、
月を退屈な雑踏から離れた日常へ、神の日常へ引き離す。
 聖夜とは口に出さなかった。12月24日の夜は死神とマリオゴル
フをした。これが神の遊戯だ。