WISE MAN ON THE TOWER



「ワタリ」
 名前を呼ぶと、かの老紳士はしずしずとそれを持って現れる。生
命の気配を失ったこの部屋にLがその息吹を引き込もうとするとき、
橋渡しをするのがワタリだった。ワタリがいなければ今夜、赤や黄
色の光の中、浮かれる街を見下ろして接点を持つことなどなかった。
12月24日の、この世と。
 ワタリが用意したのはフランスから取り寄せたビュッシュ・ド・
ノエルで、切り株の上には小さな砂糖の城が粉雪を被っている。L
はワタリの差し出した銀のフォークを手に取ると、切り株に一つの
切れ目を入れた。本来ならば切れ目からは意地悪な妖精が飛び出し、
文句を言いつつ主人公を困らせるはずだが、妖精よりも確かな実体
あるものが今は、Lの相手をしてくれている。ので、Lは妖精の夢
など見ずにすむ。マロンクリームたっぷりの一切れを、口の中へ、
収める。
 ビュッシュ・ド・ノエルは口の中に吸い込まれるが、Lの一対の
眼は、それを見ていない。モニタには死んだ人間の名前が羅列され
ている。死の時刻を追いながら、死ぬ、男も、女も、殺人者、放火
魔、犯罪をその肩に背負いながら、死ぬ。死んだ。今日もたくさん
死んだ。聖夜も、誕生祭も関係ないのか、神気取りのふざけたおま
えは。
「L」
「笑ってなどいない」
 Lは綺麗にビュッシュ・ド・ノエルを平らげてゆく。粉砂糖も、
ココアパウダーも、床はおろか、Lの膝の上にさえ落ちていない。
「笑ってなど」
 指を伸ばし、モニターのスイッチを切る。辺りは闇に沈む。やが
て窓から下界の明かりが漏れ入ってくる。赤や黄色や緑のイルミネ
ーション。信心を置き忘れたままツリーに灯された明かり。暗く沈
んだモニタに己の顔がぼんやりと映る。
 この顔が知りたいだろう、キラ。今日はクリスマスだ。
 しかしサンタクロースとは何の関係もない、プレゼントなど、馬
鹿らしいだけだと。
 思わないか、キラ。
 Lは親指と人差し指で砂糖の城を摘み上げると、口の中に放り込
んだ。硬い歯が砂糖の城を崩す。小さな屋根。小さな窓。壊れてゆ
く。Lは飲み込む。
 その夜は、下界のざわめきを死のざわめきのように聞きながら眠
りについた。