CHAIN




 手錠が繋いだ夢の話をすると、二人で手を繋いでどこまでも歩いていったの
です。つかず、離れず、銀の鎖が柔らかく垂れて雨に打たれていました。Lと
いう少年はね、小柄で痩せっぽちで、写真の中の欠食児童を思い出させました
よ。大きすぎる蝙蝠傘が丸く覆ってしまってね、その顔は見えなかったが、き
っと目はぎょろぎょろさせて歩いているに違いなかった。僕は…僕といえばね、
高価い傘を買ったのですが、何故か落ち着かないのだ。ソレの雨をふさぐ音、
まるで音楽のように心地良いものだったのに、僕は顔が丸く膨張してしまった
ような気持ちの悪さを感じて、傘なぞすぐに捨てたくなってしまった。でもL
がどんどん歩いていくものだから、引っ張られるとね、手錠が食い込んで痛い。
手首が擦れて赤く輪になっているでしょう。これもそのせいなのです。僕は仕
方なく歩いていました。雨が降っていた、木曜日だと何故か知っていた。
 通りの名は知らなかったけれども、見覚えのある道でした。夢の中で何度も
通ったことがある道だった。つまりLは僕の夢の中に侵入してきたのです。僕
は彼と一緒に歩きながら、誰かが怒るような気がした。僕なのだけれどね、そ
れは、僕だが、夢の中に住む僕だ。僕は昼の世界から夢の中にやってきた者だ
ったから、夢の中に住む彼の機嫌の悪さに、少しの申し訳なさを感じるべきだ
ったのかな。でも、はは、と笑ってカフェの暗い窓から睨む眸も無視してしま
ったのです。それにLは歩調を緩めようとしない。僕の気持ちの悪さも消えな
かった。
 見たことのあるような、でも知らない人たちが何人も通りの両脇に並んでい
た。皆、僕らに背を向けて、建物を向いて俯いているんです。暗い窓に俯き加
減の顔の映るのが見えて、僕は流すようにそれを見ながら歩いた。顔を一つ認
識するたびに、自分の頬はいよいよ膨張し、しかも肌に脂の浮くような不快感
が増したが、僕はその中に誰かを探さずにはいられなかったのです。Lは前を
向いたまま、あの男を殺したのは月くんでしょう、と言う。あの男の名は宇生
田というのですよ。
「え……?」
「宇生田、というのです」
「僕は……」
 僕は知らない。
 蝙蝠傘が振り向く。乾いた黒い眸が長く伸びた前髪の間から僕を見詰めた。
 雨を越して乾いた瞳が。
 と、黒い羽が一枚、舞い落ちた。
 Lの眸が隠される。黒い影。僕は僅かに口を開けて、まるで馴染んだ名前を
呼ぶかのように息を吐き出しました。僕は…知っている気がしたのです。その
黒い影の名前はどこかで知っていたような気がしたのです。この通りに見覚え
があるように。夢の中に僕が住んでいるように。この影も。黒い羽、黒い肌、
細い骨のような四肢が鎖の上にふわりと乗っていました。そして顔を上げた。
僕が見たのは金色の眸だった。輪と真円で描かれています。この眼も瞬きをせ
ず、僕を見つめました。
 どうなのでしょう。もうすぐ目覚める意識があります。朝が近い。肌の表層
が目覚めの気配を察知している。その中で黒い羽を生やしたその生き物は? 
男、だろうか。何とも表現し難いそれは僕を見て笑っていました。その裂けた
唇の所為で笑って見えるだけでしょうか。でも僕は一応会釈を返しました。そ
れでもソレは笑ったような顔で僕を見ているだけです。
 手錠が引っ張られました。Lが先へ進みたがっている。寧ろ、鎖の上に乗る
コレを振り落としたいのだろうか。鎖がぴんと張られ、僕の腕も引っ張られま
す。痛い。声は上げませんでした。
 黒い指がぴんと張った鎖を掴みました。
「ライト」
 ソレは違えずに僕の名前を呼びました。僕は返事をするようにソレを見まし
た。
「何故、これを切らない?」
 ソレは言う。まるで僕がそうしないことが不思議だとでもいうように。
「切って、俺と一緒に行くか」
 ソレは鎖を掴む黒い指に力を入れました。黒い指に鈍い色のリング。僕はそ
れを見詰め、ソレの金色の眸を見詰め、首を傾げました。
「何処へ?」


 手錠が繋いだ夢の話をすると、二人で手を繋いでどこまでも歩いていったの
です。つかず、離れず、銀の鎖が柔らかく垂れて雨に打たれていました。Lと
いう男はね、そういう益体のない話をするのは嫌いなようで、だからどこまで
夢の内容を覚えているかは知りませんがね。僕が覚えているのはここまでです。
 でも、ちょっと待ってください。何の話ですって。僕が夢の話を……。ああ、
すみません、さっきまで覚えていたんだけどな。
 もう、夢を見たということ、しか覚えていなくって。悪いね、じゃあ、この
話はここで…。