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 机の上にハンカチを広げる。
 雫のような光を受ける刃。その小さな鋏で伸びす
ぎた白い爪を挟み込む。
 交差する刃が滑らかな、音ともとれない音が空気
にぬめるような層を作る。
 月が爪を切るのを死神は机の上に顎を置いて眺め
ていた。月は軽く目を伏せて丁寧な所作で爪を切っ
てゆく。薬指。手が奇妙な形に曲げられる。その曲
線に死神は自分の黒い爪を這わせようとする。
「危ないよ」
 月はこともなくそれをかわした。死神はちょっと
天井を見上げて楽しそうにクククと笑う。月は再び
爪に鋏を入れ、滑らかな音ともつかない音と共にク
レセント型の人間の欠片が落ちる。
 ハンカチの上にクレセントが十そろっても、死神
は顎を机の上に置いていた。
「これも面白いのかい?」
「面白くない」
 月は怪訝そうに視線を遣る。視線を受けて死神は
応える。
「面白くもないことに集中している月が面白い」
「そりゃあ集中もするさ」
 月は緩く唇の端を持ち上げる。
「迷信がある」
「死神に関係することか?」
「さあね。ただ人間は夜に爪を切ったらいけないんだ」
「月は切った」
「そうだよ」
「何故だ」
「夜に爪を切ると…」
 軽く曲げた五本の指を目の前に持ち上げて、月は
真新しい切り口を眺める。
「世を詰めるって言ってね、夭折するということさ、
そんな語呂合わせの迷信がある」
「月は怖くないフリをしてるんだな」
「フリ?」
 途端に月は機嫌を損ね、眉根をひそめた。
「僕は、怖くないぞ」
「どうだかな」
 笑う死神の目の前に月は鋏を突き出した。死神は
軽く驚き、丸い目が刃先に寄る。
「じゃあリュークの世も詰めようか、一蓮托生だ」
「いい」
 死神はふわりと舞い上がり月の背中に隠れる。
「怖いんだな?」
「怖くない」
「そう…」
 今度は月が、はは、と短く笑った。伸びをするよ
うに両手をぐいと上に上げる。
「リューク」
「ん?」
「僕の爪、綺麗だろう」
「ああ」
 その答えに神は満足した。