Respect "page.20"




「流河、親睦を深める為に麻雀って、僕の実力、知ってて言い出したのか?」

「大丈夫です、夜神くん。私は新宿でガン牌のエルと呼ばれていたことがあります」

真夜中である。その真四角の部屋には異様な空気が漂っていた。
正方形の卓を囲み、黙々と洗牌する四人。先に言葉を発した夜神月、それに応えたのは流
河早樹と名乗る身分不詳の男である。卓の上から照らすランプ形の照明に青白い顔が浮き
上がり、目だけが異様に光っていた。
と、あ、こっちコーラとおつまみくださーい、と夜神月の妹粧裕が手を上げ、私はビール
と、その対面に座った弥海砂が同じく手を上げて、ぎゃー、ミサミサ、アルコール飲むの
ー、ぎゃーすごーい、と粧裕が声を上げる。
開いた窓からは海からの涼しい風が吹き込んできた。昼間泳いだ海は月の影をたゆたわせ、
緩やかな波を砂浜に打ち付けていた。周囲からはジャラジャラと牌の音。いや、なんてこ
とはない、海辺の町の雀荘である。そう、異様なのは、対面同士に座ったこの男達なだけ
であって…。
夜神月は牌を積みながら、考える。

――ここで「出身は新宿?」とでも聞けばキラだから探りを入れてると思うのか?
  まあ、いいや。試してみるか…。

ちらり、と流河に視線を遣る。

「流河は新宿出身?」

すると流河はガラスのような丸い眼球を、くるり、と移動させ黒目を月に据えた。

「新宿では5年ほど打っていましたが、安心してください、そこからLの素性が割れる様
な事は絶対ありません」

――ああ、そう…

再び俯いた流河の頭を見詰める月の後ろで、死神がククッと笑った。
粧裕が危なっかしげに山を積んだところで流河が言った。

「では半荘三回、サシウマでいいですね」

「わかった」

月は流河と目を合わせないまま肯く。

――まさか親睦目的といった遊びの麻雀で僕の性格がキラ的か分析する気でもないだろう
  これはあくまでも親睦の麻雀、キラかどうかの判断材料にはなりえない
  しかしキラは負けず嫌い…

月がその晩、最初の牌を卓にそっと置いた瞬間、ドンッ、と重たい音が響いた。

「ロン」

うほっ!
身を乗り出して卓を覗き込んでいたリュークが只でさえ大きな目を更に飛び出させるよう
にして、感嘆の声を上げた。月はきょとんとして顔を上げた。その幼くさえ見える素の顔
を淡々と見詰め、流河は淡々と口に出す。

「人和です」

次の瞬間、月は綺麗な笑顔を作り上げ、はは…と笑いながら軽い調子で声をかけた。

「おいおい流河、いきなり本気かよ」

「先手必勝です」

その言葉も淡々と返ってきた。

「………………」

月の目が、呆れ気味にそばめられる。

――ああ、そう…

両脇では、流河すごーい、と粧裕と海砂の声がステレオで弾んだ。





粧裕と海砂の横には空のグラスやビンが並び、おつまみのいい匂いも漂っていたが、男達
の間に行きあっているのは牌をきる硬い音と、狩人のような視線だけであった。

――安心しろ、夜神。
  キラは高い手で和了りたがるだろうが、キラでなくとも高い手で勝ちたいと思うの
  が大多数だ。

――ここで大三元を狙っていくとキラっぽい……か?
  だからといって、わざと字牌を捨てれば、ムキになって高い手を狙っていくとキラっ
  ぽいと思われるからわざと安い手で和了る所がまたキラっぽい―――だろ?

パシっと牌を切る音。そして乾いた音を立てて点棒が転がる。

――結局、同じ事。

「リーチ」

月の目が睨むように対面の男を見つめる。えーもうリーチー?と海砂が甘えた声を出すが
聞こえていない。海砂は応えない月にぷうっと頬を膨らませて「なんじゃこりゃ」と言い
ながら南をツモ切りする。

――あいつもこの麻雀でプロファイルなんてする訳がない。この麻雀の目的は他にある。
  だから麻雀でも僕は勝つ

流河は動じる様子もなく、淡々とした手つきで牌を捨てる。
その瞬間、ドッ、と一際大きな音を立った。

「ロン、大三元」

流河の丸い目が自分の捨てた牌でも、月の山でもなく、ひた、と月自身に据えられた。ふ
と流河は深海からようやく海面に顔を出したような感覚を得た。目は吸い込むように月を
見ている。彼は半ば満足感さえ感じながら思った。

――ほら…勝ちにきた…





洗牌の最中さえ、二人の視線はお互いから逸れることはなかった。異様な熱気がそこにだ
け溜まっている。
流河の指は魔法のように遍く牌に触れながら、ガラス球のように温度のない視線が月の双
眸に食いついている。
月の目もまた、弦をギリギリまで引き絞った射手のように非人間じみた丸い目を睨みつけ
る。

――先の大三元によって、おまえは私がまた一歩勝つための準備をしたと考える

――この洗牌が終わると同時にあいつは何か仕掛けてくる、夜神月から和了るために

――おまえは私がここで盲牌か積み込みをしていると考えるだろう

――相手の手の内を知ることで、僕は有利に立てるとともに(以下略)

――おまえがこれから私に仕掛けてくる事は(以下略)

――僕が先にあいつより和了る為には(以下略)

――おまえが私より(以下略)

「ギャー、マジ!?」

粧裕が素っ頓狂な声を上げた。二人の男は目が覚めたかのような目で粧裕を見る。
パタパタと端から牌が倒される。
左端から、一萬、一萬、一萬、二萬、三萬、四萬……と綺麗に並んでゆき…。

「ギャー、見て見てー、和了ってるの、天和ー! ギャー!」

しかも九連宝燈だった。
こんなオチかよ。
すみません。