BLACK HOLE




 肉薄すればするほど、離れていく感覚。相手に近づけば近づいた
だけ、互いの足場は遠のく。交わり得ぬ対極。反対に近づくのは死
への距離。ブラックホールが全てを一点に握り潰すように、今向か
っている終結点があるのだ。
「キラは…」
 その名を出すごとに探る、背後の気配。夜神月の手が自分の髪を
梳いている。このビジネスホテルの狭い浴槽で夜神月はこの髪を洗
った。まるで愛玩動物に惜しみない愛情を注ぐ動作にも似て、自分
が穢した身体を清め、復元するのではなく、自分好みに作り変える
ように、ベッドの上、暖かなタオルで隅から隅まで拭い、最後の仕
上げがこのグルーミングのような。
 それが止まる。意識してか、耳に触れる。
「………」
「続けて、流河」
「…ええ。キラはある執着を持っているんです」
 分かりますか?
「正義、だろう」
 悪人を殺すという行為ではない。キラは裁いている。
「私が最初に行った中継を覚えていますか」
「あれはヒヤヒヤしたよ。殺してみろ、だなんて」
「私はあの言葉の中に、故意に、悪、という言葉を挟み込みました。
きっと反応すると思ったからです。事実、テイラーはその言葉の後
で殺されている」
「…それは十分偶然ととれるタイミングじゃないか?」
「ええ。しかし、夜神くん」
 私には解るんですよ、キラの気持ちが。
「だからこそ、キラの行為は赦しがたい」
「同族嫌悪?」
「公私混同はしません。キラのやっていることはただの殺人です。
キラも裁かれてしかるべき人間なのです」
「それは」
 ふと耳元に息がかかった。
「そうだな」
 夜神月が囁いた。
 夜神月の唇がそのまま彼の耳に触れる。暗い窓にその姿が映って
いる。感触でも、分かる。
「一番の理解者がキラを死刑台に送るんだな」
 かわいそうだな、いや、面白いよ。
 ううん。
「出来るなら、その役目、代わってほしいね」
 白く整った歯が、耳を強く噛んだ。
 Lはそっと指を伸ばし、その歯に触れた。