おいで、甘い時間をあげる










「トリック・オア・トリート」
 その背中におもちゃの銃口をつきつければ、アスカは両手を挙げて「何もねーよ」と言う。
「撃て!覚悟はできてる!」
 ぱぁん、と軽い音。花火のような匂い。
「タケル……!」
 アスカは宙に手を伸ばし、ゆっくりと倒れる。ジンはおもちゃの銃を下ろし、倒れたアスカを見下ろす。アスカの手は最後まで何かに縋るように伸ばされていたが、徐々に力を失ってある瞬間にぱたりと落ちた。
 プラスチックの銃が落ちた床の上で乾いた音を立てる。ジンは自分の両手を見つめ、呆然と呟く。
「僕は…何てことを…」
 すると後ろから優しい足音が近づいてきて、おもちゃの銃を取り上げた。
「どうしたの、ジン君」
「アスカを撃ってしまった…」
「そうしなければならない理由が?」
「お菓子も悪戯もなかったから」
 ユウヤは手の中の銃と倒れたアスカを交互に見比べた。アスカ君、と呟き胸の前で十字を切る。
 祈りが終わるとジンはユウヤを見つめた。しなければならないことは二人とも分かっていた。どうしてもしなければならないんだね、とユウヤが問いかけるとジンは黙って頷く。
「分かっているよ」
 ユウヤは銃を右手に真っ直ぐとのばし、ジンを狙う。
「これが僕の役割だから」
「すまない、ユウヤ」
 ぱぁん、と軽い音。しかしいつまでも響く。ユウヤは花火のような心に懐かしく寂しい匂いをかぎ、おもちゃの銃を抱きしめる。銃口からは小さな万国旗がこぼれ落ちている。
 くすくす笑う声はもちろん、ユウヤのものだった。死人は笑ってはならない。ユウヤが笑って、天使のラッパのような目覚めを宣言するまで。
「ジン君、アスカ君」
 名前を呼ばれた死体は目を覚まし、身体を起こして自分を呼んでくれた声の主を見る。
 ユウヤは両腕を広げて目覚めた二人に最後の審判をくだす。
「おいで」
 アスカが遠慮無くその中に飛び込み、天使の微笑に促されるようにジンも近づいてその腕の中に抱かれた。ユウヤのエプロンからは甘い香りがする。きっとドーナツだ。パンプキンを練り込んだ、オレンジ色の。
「手を洗ったらみんなで食べようね」
 紅茶も淹れるから、とユウヤは抱きしめたジンとアスカに優しく語りかける。胸に顔をうずめたアスカの返事は、ぐむ、とくぐもっていた。ジンは何も言わずにもうしばらくユウヤの腕に抱きしめられていた。



2012.11.2 ハロウィンのドーナツの御礼、わたりさん。