コネクト・ウィズ・マイ・ハート、トゥ・ユア・ハート







 会場は普通のドームだったはずだが、表に出た途端まるで穴蔵から抜け出したかのような一種の開放感と爽快感を感じた。ジンは太陽の日射しに目を細め、息を吐く。
 LBX大会の会場内の熱気はどこも大したものだ。これまでも様々な会場でそれは見てきた。しかしジンはいつもそれを遠くから眺めていた。海道義光の孫たる者、群れることはない。皇帝とは孤高なるもの、そして下々を睥睨するものだ。
 とは言えバンとの出会い、そしてこの一年の出来事はジンの内面を確実に変えたし、ヒロとユウヤが参戦するのだ。観ないということはあり得ない。ただ。
 ――ジェシカの気分も分からないではない。
 確かにあの会場は空気が薄かった。人いきれに熱気、どれも情念のこもった熱があっていささか息苦しい。
 CCMを取り出してジェシカを呼び出す。地下鉄の駅だと言われたので、落ち合おうと連絡をつけた。
 他の仲間がいないうちに私を口説こうという気?とジェシカはからかい混じりに笑う。
「違う」
 一言で否定すると彼女は、その言い方はレディに対して失礼だわ、と言いつつもジンの提案を了解した。
『呼び止めたからには何かあったのね』
「この大会、君も是非観るべきだ」
『じゃあせめて空気の良い場所で観ましょう。ブロードウェイと79丁目の交差点で待ってる。目の前に大型ビジョンのあるオープンカフェがあるわ』
 ジンはメトロの入口を探しながら自分が後にしたあの会場に思いを巡らせた。
 ブーイングならばアングラビシダス、アングラテキサスなど大会によってはごく当然のように飛び交うものだ。それが個人攻撃の様相を呈するのもあることではある。それに心を挫かれては強いプレイヤーにはなれない。聞いていて気分のいいものではないが。
 それに、
 ――そんなものに邪魔をされたくない。
 地下鉄に乗り込むと、暗い窓に自分の顔が映る。しかしジンの目はそれを見ていない。更に遠くを見ている。
 ――ユウヤ。
 彼にLBXを贈り日本を発った時、いつか大会で再会できたらと思っていた。その時は自分とユウヤも、今度こそ純粋にバトルを楽しむLBXプレイヤーとして相対することができるだろうと。
 予想外に早い再会は、彼の回復具合からも喜ばしいものだったが。
 途中、ひどく揺れた地下鉄は止まりはしないかと内心ヒヤッとしたが、無事に79番通りの駅までジンを送り届けた。
 待ち合わせは交差点の約束だったが、ジェシカはもうオープンカフェのテーブルについていて、呆れ気味の顔で大型ビジョンを見ている。バトルはまだAブロックの内容だ。ユウヤの登場には間に合った。
「ハイ」
 ジェシカはようやく共感できる仲間が来たと疲れ気味の笑顔を浮かべて、小さく手を振った。
「コーヒーでいい?」
 ジンが頷くと、同じものを、とボーイに声をかける。
「それで? あなたがわざわざこれを観ろというからには相応の理由があるんでしょうけど、ヒロとユウヤが決別したのがその理由かしら」
「まあそうだ」
「ヒロの協調性に関する問題? Σオービスの連係と彼らの関係には改善があったでしょう?」
「ジェシカ、君は灰原ユウヤをどう思う?」
「ユウヤ?」
 ジェシカは、そうね、と顎に手をあて視線を軽く落とした。
「優秀なLBXプレイヤー…それは間違いないわ。特化した強みはないけれど、誰と戦っても、どんな戦いでも無難に勝ちを収めることができる。まさしくオールラウンドプレイヤーね。大会で映えるバトルじゃないかもしれないけど強さと派手さは同じ意味ではないし、ディテクターと戦う時に必要なのは正にそこよ」
「彼は…ユウヤは常に使命のために戦ってきた」
「…私も昨年のアルテミスの情報は知っている。仲間になるんだもの、どんな人物か知る必要があった。バトルのビデオだけじゃない、NICSで手に入れられる情報には全て目を通したわ」
 視線が持ち上がり、ジンを見る。
「彼の境遇も、あなたたちの因縁も少しは知っている」
 実況の熱い声に引っ張られるように二人の視線は通りの向かいの大型ビジョンを見上げた。戦士マンに扮したヒロと、新たなパートナーらしい戦士ガールが異様なコスプレをした大男二人組を相手にするところだ。
「……格好はともかく、即席コンビにしてはヒロの息はぴったりね」
「ヒロがLBXを始めたのはつい最近のことだ。それまでは…」
「オタク、だったんでしょう? ホームグラウンドに帰ったようなものね」
 大会映えのするバトルと勝ち方だ。ブレイクオーバーの音が鳴り響き、実況がやかましい程にヒロたちの勝利を宣言する。
「次がユウヤのチーム……名前はともかくとして」
「これがユウヤの、初めて自分のためにするバトルだ」
 ジンはビジョンに真っ直ぐな視線を注いだ。
「テストのクリア条件として提示された勝利でも、勝たなければならないという使命でもない、自分で勝ちたいと望み…自分の心でするバトルだ」
 フィールドの中にリュウビが降り立つ。
「自分のバトルでもないのに…、それに彼が望んで参加したバトルなのに随分と心配そうね」
 ジェシカが頬杖をついてテーブル越しにジンの顔を覗き込んだ。その目はからかうように、ちょっとしたニヤニヤ笑いを浮かべている。ジンはふっと目を逸らした。
「…心配はしていない」
「そう? ハラハラして居ても立ってもいられないという顔だわ」
「静かにしてくれないか。バトルに集中したい」
 ビジョンから目を離さず言うとジェシカは、失礼、と囁き口を噤んだ。
 簡単に攻撃を食らうユウヤたちのLBX二体。コンビネーションとも呼べない不安定な戦いぶり。しかし後半は落ち着いたのか、ユウヤが先導しバトルを進めた。鮮やかな駆動系の破壊にジンは軽く鳥肌を立てる。
 勝利が決定しビジョンから歓声が溢れてくるとジェシカが口を開いた。
「確かに強いわ、彼。去年のアルテミスでも見たけれど、腕は確かよ」
「そのように訓練されてきた…」
「普通は勝つと嬉しいのよね。バトルは楽しいわ。天文台でバンも言っていたけど、笑顔になれる」
 ビジョンの中のユウヤの笑顔はコスプレのせいで顔が半分隠れていたにしろ、この大型ビジョンに映されて、まるで目の前にあるように見えた。
「彼には…これが初めてだというの」
「恐らく」
「十四年生きてきて、初めて…」
 ヒロたちのチーム、そしてユウヤのチームが勝ち進むのを二人は見守り続けた。時々ジェシカはコスプレと画面からも伝わってくる会場のノリについて行けないようで、コーヒーのおかわりが増える。
「ヒロとチームが別れたことには意味があると思う?」
 他チームのバトルで小休止とばかりにジェシカは話しかけた。
「勿論、ある。ヒロと同じチームにいた場合、ユウヤは確実にサポートに回っていただろう。それが悪いとはいわない。タッグでは必要のある戦法だ。しかしユウヤはきっと、ヒロを勝たせることに比重を置いただろう。楽しむ心はあったろうが…」
「自分のこと以上に、チームのことを考えたバトルをしただろうってことね」
 ヒロの裏切りにも意味があったということかしら、とジェシカは腕を組んだ。
「分かるか?」
「分かるわよ、ヒロのやりそうなことは。分かり易すぎるもの。きっとあのスペースバトルガールを見つけて簡単に乗り換えたに違いないわ」
 戦士ガールだ、と思ったがいちいち訂正はしない。
 それ以上にジェシカの見立てと自分の見立てが一致したのだ。
「でも仲間としては許せない。お仕置きが必要ね」
 ジェシカは指鉄砲をビジョンの中のヒロに向けて、バン!と小さく呟いた。

 オタクロスがバトルではなく、その言葉でユウヤを追い詰める場面ではジンの冷静の仮面も剥がれ、本気で立ち上がり今にも会場まで走っていきそうな目をしたが、もう間に合わないのだから座って最後まで見届けろというジェシカの言葉に辛うじて思いとどまった。
「戦闘機があれば…」
「そうねハリアーがあれば間に合うでしょうけど…って、ちょっと待ってジン、まさか爆撃するつもりじゃないでしょうね」
「そこまでは考えていない」
 借りはバトルで返すものだ、と押しつぶすように呟き、ビジョンを睨みつけながらもジンはようやく椅子に腰を落とした。
 グレイメイドが態勢を立て直しユウヤたちのチームが勝利すると、ジン以上にジェシカはホッとした顔をした。すぐ側で見ていればジンの発言が本気だったことが分かったからだ。
「あなたってクールに見せて熱いわよね」
 ジンは素知らぬ顔でコーヒーを一口飲み、ビジョンに目を戻す。次はいよいよ決勝。ヒロのチームと戦わなければならない。
 もう心配はしていない。きっとユウヤは勝つ。今のユウヤなら必ず。
 ――LBXが好き、か……。
 自分もそうだった。LBXが捨てられなかった。これを持つ限り過去の瑕、海道義光の罪、それを知ったからこそだが最愛の家族を裏切ったという記憶、そしてまた家族を失ってしまったという事実を思い知らされる。
 LBXが壊したもの、終わらせたもの。
 そしてLBXこそが繋いだ絆…。
「負けないわ」
 独り言のようにジェシカが呟いた。
「今のユウヤは絶対に負けない」
 だって彼はLBXそのものなんだもの。
 ジェシカの言葉には幾つもの相が見えた。大好きなものとしてLBXの衣装を纏ったユウヤ。まるで一体化したかのようなリュウビの動き。かつてユウヤはCCMスーツとサイコスキャニングモードによって、まるで自分の身体を動かすようにLBXを操作した。
 しかし今、ジンの目に映るリュウビには、
 ――ユウヤの心が宿っている。
 ユウヤはバトルを楽しんでいる。命令ではない、使命ではない、自分の意志で勝とうとしている。戦いの一挙手一投足から、本来ならば荒々しいはずのその行為から、喜びと楽しさが溢れている。
 サイコスキャニングではない、本物の心がリュウビには宿っている。
 ――あの日……、
 ジンは思い出す。
 A国へ留学する直前、ユウヤに合うLBXは何だろうと悩み、考えた末にリュウビを選んだ。渡米準備の合間を縫って組立て、ようやく届ける段階になって少し怖くなった。ユウヤがこれを拒否したらどうしようと。
 ――あの頃は色々なものに逃げ腰だったな、留学のことも…。
 元気になったら再び会いたいと、今度こそLBXを楽しもうと手紙に思いを託したものの、それを自分の口で伝えなかったことを後悔したのは海を渡ってからだった。その後悔からさえ目を背けたが、ユウヤは真っ直ぐ自分に会いに来てくれた。
 ――お礼がしたい、だなんて…。
 リュウビの必殺ファンクションが二体同時にとどめを刺す。優勝チーム名が高らかに呼ばれ、ユウヤがこの戦いを共に戦った少女と顔を見合わせ微笑むのを見届けると、ジンとジェシカも顔を見合わせた。
 軽く頷き合う。
 これこそが見せたかったものだ。一緒に戦う仲間の、灰原ユウヤの、見ておくべき姿だ。そのことをジェシカは分かってくれていた。ホッとした様子で椅子にもたれかかる。ジンはカップを持ち上げ、コーヒーに口をつけた。
 ――君のお礼はもうこうして、もらっているんだ、ユウヤ。
 コーヒーの水面に、堪えきれない微笑が映る。
「このケーキを食べたら、迎えに行きましょうか」
 そう言いながらもジェシカは悠然と足を組み、まだここにいる気のようだ。いや、慌てることはない。二人は今、勝利の余韻にひたっている。この時間は贅沢に味わうべきもので、誰にも邪魔されるものではない。
「あなたはすぐにでも会いに行きたいんでしょうけど」
「そんなことはない。僕らは常に共にある」
「え?」
「LBXがその絆だ」
 まあ、とジェシカは頬を赤くした。
「ジン、あなた自分が何を言ったか分かってるの?」
「勿論だが」
 まあ、ともう一度呟いてジェシカはケーキにフォークを差す。
「ところでヒロへのお仕置きはどうするの?」
「五秒だ」
 ジンのフォークはケーキを一刀両断する。
「流石、秒殺の皇帝」
 ジェシカはケーキを一口、口の中に入れて微笑んだ。
 ユウヤを迎えに行くまで、あとコーヒーとケーキ一切れの猶予。それまでジンはペルセウスを倒すための攻略法に考えを巡らせる。



2012.7.19