深く落ちるは、夜




 広い寝床に横たわり、それだけだった。ロシアはその大きな身体を寝床に横たえ、表情をわずかに弛緩させて笑みのようなものを作り、中国を見つめているだけだった。中国の目の前で手袋をはめたままの指先が緩慢な仕草で黒髪を弄んだ。中国は寝台の外に沓を脱ぎ捨て、襟を開けていた。息苦しかったからだ。風のない夜だった。
 ロシアは手袋をはめていた。コートを着たまま横たわっていた。彼のところまで歩いてきたブーツを脱ごうとしなかった。マフラーを、この夏の最中に外さなかった。
 中国は髪をいじるロシアの手を、決して強くはない態度で振り払った。ロシアは寛大な人が目の前のものを赦すような目で中国を見て、振り払われたままに寝床に手を投げ出した。しかし、今度は自分が手を出す番だと中国がマフラーに、あるいは固く留められたコートのボタンに手を伸ばそうとすると、頑なにそれを拒むのだった。
 表情はわずかに弛緩していた。真夜中だったからだ。風のない息苦しい夜ではあったが、寝つけない訳ではなかった。睡魔がさざ波のように押し寄せていた。しかし、中国の手を拒むロシアの目は凍土の下の暗い水を思わせた。
 日本が、何か根源的な部分でロシアを恐れているのを、中国は知っている。否、日本だけではない。この白い肌の下を流れる血の気配に、側にいるだけで、耳の奥、警鐘が激しく打ち鳴らされるのだ。
 首筋に覗く、微かな影。水盆に墨を落としたかのような、薄く、どこまでも染まる黒。夜の下ではもう判然としない。ロシアは横になっているのに、顎の下までマフラーを巻いて、首を埋めている。
「お前は、何ものあるか」
 中国は幼い彼を知っている。彼は何度も、この南方の地に憧れ、焦がれ、その手を伸ばしてきたのだ。
「お前は、何をしてしまったあるか」
 寝床に横になったまま問う言葉ではなかった。が、ロシアは気にする様子もなく、眠りの波にその瞼を閉じようとしていた。
 卓の上には、明日の日付と帰国便の記された簡素な書類が載っていた。二人は広い寝床に横たわり、風のない夜の下に眠った。ただ、それだけだった。





初イヴァ耀。