深く眠るは、夜




 ドイツに背を向けて着替えていると、いつもはそんなに無遠慮な男でもないのに、かける声もなく節くれ立った指が伸びてきて脇腹に触れた。日本はシャツを脱いだ格好のまま固まり、一言、何ですか、と尋ねた。
「痣が」
 低い声がぽつりと言った。日本はドイツの指の触れている部分を見下ろした。まだ消えない黒い痣があった。あの頃よりは薄くなった。しかし、恐らく彼が国でなくなるまで、あるいは国でなくなった後も、永劫に消えない痣だろうと思った。皮膚の下に薄墨を流したような、深くまで染みついた痣。
「貴方の指も傷だらけですよ」
 さっと浴衣を羽織ってドイツの手から逃れ、日本は言った。
 半世紀前の話であり、アメリカなどにとっては現在進行形で語ることも出来る話だった。彼らが傷つけ、壊し、奪ったものの物語であり、彼らが傷つき、損ない、失ったものの物語でもあった。
 手を所在なくベッドの上に置いたドイツは何も言わず、日本が振り返った時は彼を見てもいなかった。そして自分の手を見ている訳でもなかった。彼らの瞼の裏には、脇腹の痣より、引き金を引き続けて傷ついた指より確かに、はっきりと見えるものがあった。日本は部屋の明かりを落とすと、ドイツの隣に座った。
 二人は手を繋いだ。そして並んで窓の外の風景を見た。ヨーロッパの深い森。その彼方に見える山脈と、月明かりに蒼く見える夜空だった。
 ドイツは何も語らず、ベッドに横になった日本の脇腹に、浴衣の上からキスを一つ落とした。日本はドイツの手にキスをすることはなかったが、隣に潜り込んだ裸の背中に向けて、おやすみなさいと囁いた。





初独日。