私は坂の上にいる、影の中から黄昏の明るい海面を見下ろしている。かもめの群れが頭上を飛び去ってゆく!
 別れを告げたのは私ではなかった。虚空を貫く鳴き声に涙した過去の全て、幼く、未熟だった、そして老いる前の私が、たった今この私に別れを告げた。私は孤独になった。影の中で一人ぼっちになった。自由でありすぎて坂を下る足が震えるほどだった。神は私を全ての軛から解放した。
 坂を下った先には無限に遠い一点がある。海の彼方、空と交わる場所、私の港。セニョールと呼んでくれる幼い声は、私に別れを告げた遠い時代のものだった。私はここへ来るまで、それを昨日のことだと思っていた。たとえ今日船が出なくとも、明日は風が吹くだろう。幼い恋人の待つ港へ風が私を運ぶだろう。アテ・アマニャン。明日は約束されている。愚かに続く夢の中で。
 孤独を得た私は一人で歩かなければならない。初めて門の外へ出た人のようにおろおろしながら船を探すのだ。私をあの消える水平線の彼方へ連れて行ってください。そこには美しい港があるはずだ。私は知っているのだ。この目で見た。この腕で抱き締めた。
 影の中にじっとしていれば黄昏は永遠のもののように私を包む。老いた私の脆い古紙のような心を守ってくれる。だが一歩踏み出せば枯葉のように崩れてしまいそうな心を抱え、私は行かねばならなかった。船を。一夜の宿を。それから遠い遠い昔の恋人へ、幼かったあの恋人へ、手紙を書こう。消失点の港で待ち続けた幼心の孤独を私は知ることができない。私が抱えているのは老いた一人ぼっちの寂しさだけだ。だが、私は手紙を書くのだ。幼かった彼に手紙を書くのだ。
 靴音が坂に響く。古びたブーツの底は随分すり減っていた。懐かしい音は私を落ち着かせた。頭上にはかもめが鳴く。