再び挑戦あみだくじで5カプで終了




《日本×イギリス》

 疲れた、とイギリスは呟き、それっきり目を開けなかった。日本の膝の上に頭を乗せ、胎児のように身体を丸めて眠るように沈黙していた。本当は目覚めていたし、忘我でもなかった。らしくもない逃げを、と日本は思ったが、黙って頭を撫でてやる。ぼさぼさの金髪は最近伸ばしっぱなしらしく、耳を隠していた。指でそっと退けると、白い耳が火鉢の熱に当てられたか、わずかに赤く染まっていた。
「こんな無防備な姿を晒しては、襲われてしまいますよ」
 イギリスは沈黙を押し通す。日本は口元で微かに笑い、赤く染まったイギリスの耳に齧り付く。
「誰も、あなたを助けてはくれないのですよ」
 胎児のように丸まった身体は小さく震えた。しばらくして、彼が本当に泣いているのだと解った。
「すみません」
 すみません、と日本は繰り返す。しかし狼狽えてはいなかった。やはり先程と変わらず、落ち着いて、子守唄でも歌うかのように、すみません、と繰り返した。
「あなたが甘えてくれるのが嬉しくて、意地悪をしてしまいました」
 涙を拭ってやると、イギリスはその手を握り締め、離さなかった。



《エストニア×ロマーノ》

 金持ってんならうちに観光に来いよコノヤロー、と言われた時、エストニアはそれが正直観光案内の文句に聞こえなかったし、イタリア=ロマーノが自分にある程度の好意を持って接した上でその言葉を口にしているのだとは信じがたかった。
 そしてナポリの街中で、ホテルを目の前にして懐の財布がなくなっていることに気づいた時、やはり落胆のような、全身をだるくさせる疲れが、あの言葉と他から伝え聞いたロマーノの好意を否定させた。弟のヴェネチアーノは、自分の兄が照れを誤魔化すためにあの表現をしたのだと言ったが。
「いや、確かに僕は持ってますけどね、お金」
 治安については事前に調べておいたし、対策もとっていたのだが、これぞ神業か。映画で見るような物語ならともかく、実体験はしたくなかった。
「さて、どうするか…」
「ここに泊まればいいだろコノヤロー」
 後ろから軽く拳を入れられ、振り向くとロマーノが立っている。
「いやそれがさっき」
「いいから入れ」
 また軽くどつかれる。だから財布をすられたのだ、と上着を開けてみせようとして、ふと重みに気づく。
 神業。
 そのままロマーノに背中を押され、フロントまで来る。エドァルド・フォンヴォック様ですね、と上品な指だ台帳を捲り予約を入れていたそこそこの客室に通そうとするが、エストニアはそれを手で押さえ「最上階、スイート」と言ってロマーノの手を掴んだ。
「それからベルタのトレ・ソーリ・トレを運ばせて」
「はあ? 何しやがんだコンチクショーめ!」
「財布を盗られたと思えば、これくらい」
 抵抗するロマーノを引っ張ってエレベーターに乗り込み、それから、思い出したように付け加える。
「安心しなよ。デートの初回でそんなところまで持ち込まないから」
「黙れハゲ!」
 狭いエレベーター内で頭突きを食らい、結局部屋にはロマーノに引き摺られるように運ばれた。
「…ひどいなあ。僕はまだハゲてない」
「うるせえ!」
 グラッパで顔を赤くしながら、ロマーノは悪態をついた。



《ラトビア×ポーランド》

 ちょー似合うしー、という言葉を聞くのは今日五度目くらいで、ラトビアは両手一杯に色とりどりの風船とジュースのコップとポップコーンを抱えて、目の前のメリーゴーランドを眺めた。華やかな音楽と、鏡や、宝石を模したプラスチックの装飾に乱反射する真昼の光。それは夜の電飾以上に煌びやかで、幻想的だった。いや、現実離れした雰囲気に輪をかけているのが…。
「ラトー!」
 白馬に横座りをしているのは紛れもなくポーランドである。ブラウスに花の縫い取りがあろうが、真っ白なつばの広い帽子に薔薇のコサージュが揺れていようが、そしてスカートが翻っていようが、ポーランドなのである。
「キラッ」
 デジカメのシャッターを押す。キャパシティは物理的にも精神的にもギリギリである。しかし、ポーランドがポーズを取ったら写真を撮る約束だった。絶対よ!とポーランドは何度も念押ししたのだ。ラトビアはカメラを持たされたのだ。シャッターを押すだろう。押すしかない。
 真昼の遊園地で何をやっているのだろう。ポーランドと交流を、という話になった時は、多分、こんなことは含まれていなかったはずだ。多分、技術面の提携や芸術の交流、政治面での握手が予定されていたと思うが、日曜日にスカートをはいたポーランドと遊園地に行くとは誰も言っていなかった。
 音楽が止み、メリーゴーランドの回転が止まる。係員の手を借りて地上に下りたポーランドは、ラトビアの前で満足そうなため息をつく。
「あー楽しかったー。やっぱポニー最高だしー」
「多分、白馬だよ…」
「次、一緒に乗らん?」
「僕はいい…」
「えー。それじゃティーカップしかなくない」
 他の選択肢は沢山あると思う。それは別に観覧車やジェットコースターという選択肢ではなく、もっと公式の場でどうこうという…。しかし目の前ではフリルのついたスカートが翻り、今にも駆け出そうとするポーランドは自分の腕を掴んでいる。
「…ラト、面白くないん?」
「え、あー…」
 不意に引き寄せられ頬にキスをされる。ラトビアの全身が驚愕に震える。嫌悪感ではなかった。柔らかい。あたたかい。いい匂いさえした。薔薇の香り。
 ポーランドは帽子のコサージュを取り、ラトビアの胸に留める。
「次はティーカップに乗るし」
「う、うん…」
 腕を引かれラトビアは駆け出す。風船が手を離れ、空へ舞い上がる。ポップコーンが雪のように降る。手の中にはジュースとカメラしか残ってない。困ったようにそう言うと
「全然いいしー」
 とポーランドは笑って、ラトビアと手を繋いだまま、くるくると回った。



《ロシア×デンマーク》

 訪れたからには正式な挨拶抜きでは通されない。それは外交面の問題ではなく、魂と慰霊の問題だった。デンマークは格式張った礼をし、ロシアがそれを受ける。ロシアの導きで教会に向かい、棺の前に跪く。
 かつて一人の王女が、彼の家から、この男の家に嫁いだ。童話作家をもって曰く、美しく清らかな王女。華やかなりし日々。彼女を迎え高らかに歌われた歌。美貌の皇后陛下万歳! 彼女の眠る棺には今も花が絶えない。そのことを嬉しく思う。
 彼女をここに眠らせようと、二人で決めた。デンマークとロシア、二人だけで決めたのだった。
 表に出ると、ロシアが待っている。白銀の世界を背景に大きな影。灰色の霧の向こうに太陽が輝いている。奇妙に明るく、ひどく寒い。
「この後、予定は?」
「おめぇは?」
「僕が尋ねてるんだよ」
「…なんもねぇ」
 ロシアは先立って歩き出す。
「お茶を出すよ。それともアルコールがいいかな」
「ウォッカでもなんでも、持ってこ」
 デンマークはロシアの横に並び、少し顔を歪めて笑った。
「この後も予定は、なんもねぇんだからよ」



《ドイツ×ウクライナ》

 鉄と火の匂いがするわ、とウクライナはドイツの耳元に囁いた。到着したばかりの列車から人が次々の吐き出され流れる中で二人だけが立ち止まって頑なに佇んでいる。
「もう軍服は着ていない」
「ええ。そうね。でも私には分かるの」
 軽くドイツの身体を抱き、ウクライナは「私の王子様」と微笑む。
 豊満であたたかな身体をドイツは真摯に抱き寄せ、両の頬に唇を触れさせる。
 傍から見れば恋人の再会にも見えるかもしれない。しかし二人の間にある感情はそれより複雑で薄暗く、ウクライナの囁いたとおり正しく不穏な香りをまとわせていた。
 二人の出会いも、関係も、鉄火と流血の場においてだった。独立の後押しとして現れたドイツはまだ若く、少年の面影を残していたが、その考え方も行動も、戦いぶりも国としてのそれだった。戦いに戦い、本来望むものは何一つままならぬ、国というもののそれだった。
 一度は圧制の救世主のように迎えられながら、最後はこの身体を組み伏せようとした男。苦みばしった顔で、知識の一杯つまった額から汗を流しながら。
「あなたはいつもこういう顔をしているわ。眉間に皺を寄せて、不機嫌そうに口を曲げて…。でも瞳は正直よ」
 白く柔らかい手がドイツの頬を包み込む。ぬくもりが伝わり、寒さで赤くなっているドイツの頬の強張りを解かす。
 ウクライナは間近でドイツの瞳を見つめた。明るい海の青。明るい空の青。彼らの血族が求め続けた土地の青。すぎるほどに真面目で、真っ直ぐな瞳。
「だから、私、あなたが来ると本当に王子様が迎えに来てくれたみたいに、胸がどきどきするの」
「俺は王子なんて柄じゃない」
「ええ。だから、私の王子様なの。私だけの王子様よ」
 唇は儀式めいて触れあい、すぐに離れた。
「…お荷物は」
「運ばせてある。少ないんだが」
「そう…」
 列車は走り出し、寒風の吹きぬけるホームにはもう誰も残っていない。
 今だけ、とウクライナが素早く囁いた。
「お願い、今、今だけ…」
 毛皮の腕が首に絡みつく。ドイツの太い腕はウクライナの腰をしっかりと抱き寄せる。
 口づけを何度も繰り返し、ウクライナは何故か泣き出しそうな顔で笑う。ドイツも何度も涙の流れ落ちる頬にキスをし、何も言えずただ強くその身体を抱きしめた。





ドイツ×ウクライナが一番書きたかったので、満足しました。