グッド・フレンド・ピーターパン






「その…さあ、002」
「ジェットって呼べよ」
 番号で呼ぶなよな、とジェットは不機嫌そうな顔でLサイズのコーラを手に取る。
 眼下に車と人の群れを見下ろしながら、若者が二人ぼんやりと座っている。さっきから
ぼそぼそとポテトを口に運び、時折思い出したようにハンバーガーを口にし、更にごくた
まに短い会話を交わしながら、もう一時間もそこに座っていた。
 一人は生粋のニューヨーカーらしく随分周囲に馴染んで座っているが、向かいの席のス
ーツを着た青年はひどく物静かな雰囲気をまとって、大都会の喧噪からは切り離された空
間に座っているかのようだった。
 彼らは昨日のモンタナの事件については一言も触れず、黙々とセットメニューを口に入
れていた。東京行の飛行機が発つまで、まだ時間がある。行動を共にしていたもう一人の
仲間は、現場の仕事だからと昨日の今日だというのに出掛けて行った。「見送れなくて、
悪い」と一言残して。
「タフだよね、彼……」
「ああ……」
「君は仕事してないの?」
「お前は日本で何やってるんだ?」
 ジョーはハンバーガーに齧り付いた。マスタードが効いていた。彼はため息をついた。
 ハイティーンのプー太郎二人が昼食ラッシュも過ぎたマクドナルドに一時間以上を居座
りとは、まことに現代的な図である。しかし嘆かわしい、と頭の中でハゲの喜劇役者が叫
ぶのが聞こえた。
 また長く沈黙した後、ジョーはすこしためらいがちな口調で切り出した。それをジェッ
トが呼び方のことで出端を挫き、今に至る。
「……でさあ、002」
「だから番号で呼ぶなって……」
「うん、その君さ……モテるの?」
 ジェットが意外そうに顔を上げると、ジョーは慌てたように付け足した。
「女の人にって意味で!」
「待てよ! どうして、わざわざそんな付け加えをするんだよ!」
「だって君…モテるじゃないか……」
 モテるって言葉がこんなに嬉しくないのは初めてだ、とジェットは項垂れる。
 その様子を見たジョーもちびちびとコーラを吸い上げながら言葉を足す。
「004とか。008とも結構絡むよね…、あれは008が短気すぎる君を遊んでいるよ
うな気もあるけど。それと、あんな台所の状態で君が生き延びていられるのは、多分見か
ねた005の慈善行為があってのことだろうし。あと004とか」
「何故004だけ繰り返す……?」
「……ハインリヒって呼ばないの?」
「高層ビルの上から落としてやろうか…」
「捕まえる前に、ボクの加速装置が勝つよ」

 一呼吸置いて、すっげえムカつく、という言葉が重なった。

「おい、お前までムカつくって言うのはおかしくないか!?」
「教えろ、ジェット」
 すらりと伸びた高い鼻の先に指先を突き付けたジョーは低い声音で静かに言った。
「ピーターパンの為に、夜、窓を細目に開けているのは誰なんだ……?」
 窓から燦々と差していた日が不意に陰る。日が傾き、向かいのビルに隠れたのだ。出発
時刻が迫っていた。
 ジェットは自分に向かって突き付けられた指をきょとんと見つめ、少ししてぽつりと言
った。
「お前じゃないのか…?」
 酷いクラクションの音がした。階下から叫び声が聞こえる。ビルの入り口から二つの人
影がもんどり打ち飛び出した。それを避けた車がまた盛大なクラクションを鳴らした。こ
の街の日常茶飯事だ。
 ジョーはジェットを指さしたまま、ジェットはきょとんとしたときの格好のまま、二人
はちらりと窓から下を一瞥した。
 ジョーが先に目を逸らした。手が引かれ、彼は席を立った。





「004によろしく」





Say hello to 004 !





 後を追おうとしたジェットの足が止まる。
「誤魔化すのが下手なんだよ、君は……」
 苛立ちと諦めとが微妙に交じり合った声は、階下の騒動にすぐかき消された。
 ジェットは安椅子にドサリと腰を下ろし、手のひらで目を覆った。
 ビルの谷間を縫い、サイレンが近づいてくる。今、窓の下を見下ろせば人波に逆らい歩
いてゆく栗色の頭が見えたはずだ。
 ニューヨークはいつも通りの街。そこから一人の物静かな青年が立ち去った、それだけ
のこと、だった。




キャスティング2と9でお送りします24小説。ギャグのつもりでした。

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